野いちご源氏物語 四四 竹河(たけかわ)

「出世したことはそれほどうれしいとも思わないのですが、こちらには真っ先にご挨拶(あいさつ)を申し上げようとやってまいりました。嫌がるだなんてとんでもございません。それともご無沙汰(ぶさた)しておりましたことへの皮肉(ひにく)でしょうか」
年の離れた姉君(あねぎみ)に甘えるようにおっしゃる。

「今日はおめでたい日ですから、年寄りの愚痴(ぐち)などお聞かせしてはいけないと思ったのですけれどね。こうしてお立ち寄りくださることも近ごろはめったにありませんし、お手紙でお願いするわけにもいかないことですから、思い切って申し上げます。
実は、上皇(じょうこう)様に差し上げた長女のことで悩んでいるのです。あちらのお住まいで他のお(きさき)様たちとうまくやっていけず、居場所がないようでして。ご結婚させる前は、私の腹違いの妹にあたる女御(にょうご)様を頼りにしておりました。中宮(ちゅうぐう)様にもきっとお許しいただけるだろうと甘く考えていたのです。

それが、皇子(みこ)様をふたりもお生みしたことで、叔母(おば)女御様も中宮様も長女を無礼(ぶれい)(もの)とお思いらしいのですよ。困ったことになりました。本人があまりにつらそうにしていますから、皇子様たちはあちらに置いて、長女だけを(さと)()がりさせたのですが、それがまたお妃様たちのお気に召さなかったようなのです。上皇様まで『そのような里下がりはよくない』と(おお)せだとか。

何かのついでに、あなた様から上皇様へこの状況をご説明してくださいませんか。叔母女御様や中宮様が優しくしてくださるだろうと期待してご結婚させるなんて、本当に()(ほど)知らずで(おろ)かなことをいたしました」
(すだれ)のむこうで泣いていらっしゃるみたい。

「そこまで思いつめなさることではないと存じます。お妃様同士のいざこざは昔からよくあることです。もう(みかど)(くらい)をお()りになった上皇様ですから、お妃様たちは激しい競争を終えてどなたも仲良くなられたように見えますが、実際はそうでもないのでしょう。他人が見れば別に問題のない行為でも、(そん)をした人にとっては(うら)めしいものです。ささいなことでいちいちお心を動かすのは、お妃様たちの習慣のようなものなのかもしれません。

いざこざをまったく覚悟せず上皇様に差し上げなさったのですか。そうではいらっしゃらないでしょう。それならば、ただ穏やかにお見守りになるのが一番です。男の私が口をはさむことではありません」

あまりにばっさりとお断りになるから、玉葛の君はつい笑ってしまわれる。
「お会いできたら愚痴を聞いていただこう、同情もしていただこうとお待ちしておりましたのに、まぁ、ばっさり」
娘のために深刻(しんこく)に悩む母君(ははぎみ)のお顔は消えて、少女のようにおっとりとした口調(くちょう)でおっしゃる。
こちらが本当のご性格なのよね。

<きっと新女御様もこういう女性でいらっしゃるのだろう。近ごろ私が宇治(うじ)の姫君に()かれているのも、同じ魅力(みりょく)を感じているからだ>
と薫の君も微笑(ほほえ)みをお返しになる。

このとき、ご次女の新尚侍(ないしのかみ)様も里下がりなさっていた。
おふたりは昔の姫君(ひめぎみ)時代のようにのんびりとお暮らしになっている。
その雰囲気を感じると、薫の君は気恥ずかしさを隠すために、いつも以上に大人びたお振舞いをなさる。
<この人を婿(むこ)として迎えていたらよかったかもしれない>
玉葛の君はため息をついてご想像なさる。