野いちご源氏物語 四四 竹河(たけかわ)

女御(にょうご)様も叔母(おば)女御様も、お互いを(にく)むなんて軽率(けいそつ)なことはなさらないのよ。
でも、お仕えしている女房(にょうぼう)たちのなかには意地の悪い人もいて、見苦しい騒ぎを起こしはじめた。
ご長男が心配なさっていたとおりになったと、玉葛(たまかずら)(きみ)はお悩みになる。
<そのうち世間の笑い者になってしまうのではないか。上皇(じょうこう)様がどれだけ愛してくださっても、長年お(つか)えしてこられたお(きさき)様たちに憎まれてはやっていけないだろう>

新女御様のことで頭がいっぱいなのに、
「ご長女を入内(じゅだい)させなかったことを、(みかど)はいまだにお怒りでいらっしゃるそうですよ」
などと言う人もいる。
<あちらもこちらも困ったことになった。長女の結婚は今さらどうしようもないのだから、せめて次女を内裏(だいり)女官(にょかん)にすれば、帝のお怒りをやわらげられるのではないか>
と、ご自分の尚侍(ないしのかみ)の役職をご次女に(ゆず)ろうとなさる。

もともと引退したいとお願いなさっていたのだけれど、帝のお許しが出ないままだった。
尚侍という最上級の女官はそう簡単に代わりが見つからないもの。
明石(あかし)中宮(ちゅうぐう)様にご遠慮しつつ、帝のためにしてさしあげられることとしては、これが一番だろう>
帝もお聞き入れになった。
「妃としての入内ではなくなってしまうが、娘を帝に仕えさせたいという亡き大臣の遺言(ゆいごん)(かな)えてやろう。尚侍の役目(やくめ)を母から娘に譲ることは、ずっと昔にもあったようだから」
という理由でお許しになる。

無事にお許しが出て、妹姫君(いもうとひめぎみ)は尚侍におなりになった。
<女官としての内裏暮らしなら、お妃様たちの競争とは無関係でいられる>
玉葛の君はほっとなさる一方で、少将(しょうしょう)様のことがお気にかかる。
母君(ははぎみ)雲居(くもい)(かり)まであれほど熱心におっしゃっていたのに、結局長女は上皇様に差し上げてしまった。次女を少将様にとほのめかしてあったけれど、勝手に女官にしたことをどうお思いになるだろう>
今度はまた別のお悩みが出てくるの。

こういうときはご次男が頼りになる。
ご長男と比べて地味なお役職だけれど、大臣様たちとの交渉(こうしょう)は慣れていらっしゃるのよ。
「次女を尚侍(ないしのかみ)にせよと(みかど)(おお)せがございました。長女を上皇様と結婚させたばかりで、次女まで(みや)(づか)えさせようとするのは、世間から()(ほど)知らずと非難(ひなん)されるのではないかと心配で」
と、ご伝言を申し上げさせなさる。
あくまでも「恐れ多い仰せに困っている」という雰囲気で、ご次男は夕霧大臣様にご相談なさる。

大臣様は鷹揚(おうよう)に賛成なさった。
「帝はご長女の入内を楽しみにしておられましたから、ご期待が外れて不愉快(ふゆかい)にお思いなのもごもっともです。この際ご次女を、女官としてでもよいから宮仕えさせなさるべきでしょう。早くご決断なされませ」
こうして夕霧の大臣様と雲居の雁ご夫妻(ふさい)(すじ)(とお)してから、今度は明石(あかし)中宮(ちゅうぐう)様にお許しをいただかれる。
それからやっと新尚侍(ないしのかみ)として参内(さんだい)ということになった。
<夫が生きていれば、ここまであちこちに気を(つか)う必要はなかっただろうに>
と玉葛の君は悲しく思われる。

帝は完全にご納得はなさっていない。
美人と評判のご長女を楽しみになさっていたから、<長女ではなく次女か>と残念そうでいらっしゃる。
でもご次女は聡明な方だから、よく気の()く新尚侍としてお役目を果たしておいでよ。