野いちご源氏物語 四四 竹河(たけかわ)

一晩中あちこちで歌い回って、ご褒美(ほうび)のお酒もたくさんお飲みになったものだから、翌朝の(かおる)(きみ)はぐったりなさっている。
そこへ上皇(じょうこう)様からお召しがあった。
<あぁ、苦しい。もう少し休んでいたいけれど>
と思いながらも参上なさる。

上皇様は昨夜の薫の君のお歌をおほめになりたくて待ち構えていらっしゃった。
「歌はもっと年を取った人が担当するものなのに、その若さで選ばれたとは立派だ」
薫の君がかわいらしくて仕方がないご様子よ。
機嫌(きげん)よくご自分も歌を口ずさみながら新女御(にょうご)様のお部屋へお行きになる。
薫の君もお(とも)をなさる。

お部屋から少し離れた渡り廊下で(ひか)えながら、薫の君は声に聞き覚えのある女房(にょうぼう)に話しかけなさった。
「昨夜の月光は明るすぎましたね。何もかも()()かされてしまうほどだった。少将(しょうしょう)も気まずそうにしていましたが、あれは月光のせいだけではなかったでしょうね。内裏(だいり)ではそんなふうではありませんでしたから」
新女御様がいらっしゃるから様子がおかしかったのだろうと女房たちも気づいている。

「あなた様は闇夜(やみよ)でもすばらしい香りでうっとりいたしますが、月明かりに照らされるとそれはもう一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)のお美しさだと皆で言いあっておりました」
はしゃいでほめ言葉を並べる女房の奥から、別の声が聞こえた。
「『竹河(たけかわ)』をお歌いになった夜を覚えておいでですか。とくに何があった夜でもありませんから、お忘れでしょうか」
落ち着いた優しい声に思わず涙ぐまれる。
<私は意外と本気だったのかもしれない>
と、今さら女御様への恋心にお気づきになる。

「あのころは多少は期待もしていたのですがね。ご(えん)は竹河に流れていってしまったのでしょう。この世はつまらないものだと思い知らされました」
悲しそうにおっしゃるご様子に女房たちはうっとりしてしまう。
少将様のように絶望(ぜつぼう)なさるわけではない、ちょうどよい悲しみ方が、女房たちの胸をしめつけるのね。
「あぁ、あまり長居(ながい)してはいけませんね。これで失礼します」
お立ちになったところへ上皇様からお召しがかかった。
女御様のお部屋近くへ上がるようにおっしゃる。
たった今自覚した恋心に気まずくなりながらも、さっとそちらへ向かわれた。