野いちご源氏物語 四四 竹河(たけかわ)

お引越しの当日にも少将(しょうしょう)様はお手紙をお送りになる。
「いよいよ死ぬのかと思うとさすがに悲しいのです。『気の毒な』とだけでもお言葉をください。少しは命も()びましょうから」
などと言葉を()くして書かれている。

いつもの女房(にょうぼう)姉姫君(あねひめぎみ)にお見せしようとお部屋へ上がると、妹姫君(いもうとひめぎみ)もお越しになっていた。
ご姉妹でお別れを悲しがっていらっしゃる。
これまでは昼も夜もご一緒に過ごされていたの。
母屋(おもや)を東と西に分けてそれぞれのお部屋にしてあるのだけれど、仕切りの戸さえ鬱陶(うっとう)しがるように()()なさっていた。
それなのに今日からは離れ離れになってしまわれる。

上皇(じょうこう)様のところへ行かれる姉姫君は、念入りに美しく飾りたてられていらっしゃる。
<私のこの姿を父君(ちちぎみ)は早く見たいと(おお)せだった>
しみじみと悲しくなっておられたときだったからかしら、めずらしく少将様のお手紙をお読みになる。
<この人は私とは違うではないか。立派なご両親がそろっていらして、どなたからも守られておいでなのに、どうしてこんなに弱々しいことを言うのだろう>
何の心配もなく、いくらでも強気に生きていけるはずの人なのにとお思いになる一方で、「いよいよ死ぬ」というところに少し不安を覚えなさる。

いつもならお返事などお書きにならないけれど、送ってみようという気におなりになった。
お手紙の(はし)に、
「気の毒と言えば、この世に生まれてしまった人はみんな気の毒でしょう。誰かが特別に気の毒ということはありません。この世が(はかな)く悲しいということにだけは同意いたしますが」
と書くと、「このようなお返事をそなたからさしあげなさい」と女房にお渡しになった。
女房は代筆(だいひつ)して書き直すことをせずに、そのまま少将様にお送りする。

<初めてお手紙をいただけたのが、よりによってご結婚なさる日とは。これが最初で最後になるのだろう>
少将様は涙が止まらない。
すぐにお返事をお書きになる。
「私が死んだ理由を世間は何と言うでしょうね。儚いこの世のせいだとあなた様はおっしゃるでしょうが、世間はどなたのせいで私が死んだか簡単に気づくはずです。しかし実際は思いどおりに死ねるとはかぎりません。その場合は、あなた様に一言(ひとこと)同情していただくまでは死ねずにいるのだとお思いください。私の墓にむかって『気の毒な』とおっしゃっていただけるというなら、今すぐにでも死にますけれど」

感情的な(うら)(ごと)が届いたので、姫君はうんざりなさる。
<返事をした私が馬鹿(ばか)だった。しかし、女房の代筆ならばここまで興奮した返事は書いてこないだろう。おそらく私が書いた下書きを、女房がそのまま送ってしまったのだ>
苦々しくお思いになって、女房にももう何もおっしゃらない。