野いちご源氏物語 四四 竹河(たけかわ)

ぞっとするほど深く(うら)んでお(なげ)きになるので、女房(にょうぼう)もお返事がしにくい。
「何日か前、ご姉妹で囲碁(いご)をなさっているところを垣間見(かいまみ)したのだ。夢のようだった。あのくらいでよいからまたお姿を拝見したい。この先、私は何を頼りに生きたらよいのだろう。きっとすぐに死んでしまうから、そなたと話をするのもあと何回かだろうな。今思うと、恋に苦しんでいるうちはまだよかった」
女房のとなりに横たわったまま、切々とお気持ちを()き出される。

女房はお気の毒とは思うものの、何ともお返事のしようがない。
「そなたも知っているかもしれないが、玉葛(たまかずら)(きみ)はご次女の姫君(ひめぎみ)となら結婚を許してやろうとお考えらしい」
ちっともうれしくなさそうにおっしゃる。
<お姿を見てしまわれたのなら、ますます(あきら)めることはおできにならないだろう>
納得しながらも、女房は厳しい顔をつくった。
(とうと)上皇(じょうこう)様とのご結婚が決まった以上、他の求婚者に優しい顔をするのは危険だもの。

「まぁ、垣間見なんて失礼なことをなさったのですか。姫君がお聞きになったらますますあなた様をお嫌いになるでしょう。私だってご同情する気持ちはなくなってしまいました。ひどいではありませんか」
わざと怒っているように申し上げたけれど、少将(しょうしょう)様は開き直っておっしゃる。
「そなたの同情など今さらどうでもよい。もうすぐ私は死ぬのだから、そなたの機嫌(きげん)を取る必要はないのだ。いっそあのときお部屋のなかへ入れてもらえばよかった。囲碁でお負けになっていたが、私がおそばにいれば、姉姫君(あねひめぎみ)が勝てるような手をお教えしたのに。
それにしても、人より(おと)った男の()けん()は、意味がないどころか自分を傷つけるだけだな」

「結局は立場の強い(かた)がお勝ちになるのです。誠意(せいい)でどうにかなるというお話ではありません」
できるだけ()(はな)した言い方をする。
「なぁ、おい、頼むよ」
女房の(うで)を引いて少将様はお願いなさる。
「同情してくれよ。私の命はそなたにかかっている」
ご冗談のようにおっしゃるけれど泣いておられる。
そのまま女房の部屋で夜をお明かしになった。