野いちご源氏物語 四四 竹河(たけかわ)

三月、桜の(はな)(ざか)りになった。
玉葛(たまかずら)(きみ)のお屋敷では、めずらしく姫君(ひめぎみ)たちが縁側(えんがわ)あたりまで出ておいでになる。
いつもはお部屋の奥深くでお過ごしだけれど、こんなにのどかでうららかな日は外の空気を感じられるところにいたいわよね。

姫君たちは十八、九歳くらいでいらっしゃる。
お顔立ちもお人柄(ひとがら)もそれぞれすばらしい。
ご長女は華やかで気高い、現代的な美人よ。
たしかに貴族と結婚させるのはもったいないような気がする。
ひとつひとつの仕草(しぐさ)から愛らしさがこぼれ落ちる上に、いかにも明るい感じでこちらが気恥ずかしくなるほどなの。

ご次女は美しいお(ぐし)が印象的。
つやつやとして豊かに流れている。
お姿はすらりと上品で、落ち着いた雰囲気がある。
重々しく奥ゆかしいという点でははこちらの姫君の方が上だけれど、華やかさではやはりご長女の姫君がすばらしい。

向かいあってご姉妹で囲碁(いご)をしていらっしゃる。
末っ子のご三男が、姉君(あねぎみ)たちの勝負の審判(しんぱん)役ということで近くに(ひか)えておられる。
そこへ兄君(あにぎみ)たちがお越しになった。
ご三男をからかっておっしゃる。
「そなたはずいぶん出世したではないか。囲碁の審判をお(まか)せいただくなんて」
二十代の方たちだけれど、わざと年寄りくさい話し方をなさった。
そのままお座りになったので、女房(にょうぼう)たちは()ずまいを(ただ)す。

内裏(だいり)での仕事が忙しくて、近ごろは妹姫(いもうとひめ)たちにお仕えする(ひま)がなかった。その間に末っ子に()(うば)われてしまったのだから(くや)しい」
とご長男がおっしゃると、ご次男も一緒になってご冗談をおっしゃる。
「いえいえ兄君(あにぎみ)、私など朝から晩まで内裏で机にかじりついている仕事ですから、妹姫たちにはすっかり忘れ去られてしまったことでしょう」
姫君たちは恥ずかしがって囲碁を続けられない。
そのご様子がなんともおかわいらしい。

冗談などもおっしゃる明るい兄君たちだけれど、父君(ちちぎみ)を亡くされたご苦労はもちろんおありよ。
「内裏で働いていると、つくづく父親がいないことは不利だと思い知らされる。父君さえいらっしゃれば、なんて考えてしまうことも多くてね」
同じ思いを妹姫や弟には味わわせたくないと、ご長男は涙ぐんでおっしゃる。
<私がしっかりしなければ。どうにかして、父君が願っておられたとおりに上の妹を入内(じゅだい)させたい>
とお考えになっているの。

姫君たちは、お庭の桜のなかでどの木が一番美しい花を咲かせているか探していらっしゃる。
これだという木の枝を折らせなさって、
「やはり他とは違うわ」
などと()でていらっしゃるから、ご長男は(なつ)かしいことを思い出された。

「幼かったころ、あなたたちがお庭の桜を取り合ったことを覚えていますか。『この桜の木は私のものよ』『いいえ、私のものよ』と言い争っておられると、亡き父君は姉姫(あねひめ)の桜、母君は妹姫(いもうとひめ)の桜とお決めになったのです。私はもう大人の仲間入りをする年ごろでしたから顔には出さなかったけれど、『長男のものとはどちらも言ってくださらないのだ』と不満に思っていたのですよ」
しみじみとお庭をご覧になる。
「そのころと比べると、あの木もずいぶん年を取りましたね。それだけ年月が()ったということでしょう。その間には父君をはじめ、亡くなってしまった方もたくさんいらっしゃる」
笑ったり泣いたりしながら懐かしんで、いつもよりのんびりとご実家でお過ごしになった。

もう今はよその家の婿君(むこぎみ)でいらっしゃるから、いつもならご実家にお顔を出されてもすぐにお帰りになる。
でも今日は、見事な桜に引きとめられてなかなかお帰りになれない。