野いちご源氏物語 四四 竹河(たけかわ)

少将(しょうしょう)様もよいお声でお歌いになる。
口やかましい(ろう)女房(にょうぼう)などはいないので、音楽の得意な人同士でどんどん盛り上がって楽しまれる。
玉葛(たまかずら)(きみ)のご三男は、亡き父君(ちちぎみ)に似てしまわれたのかしら、こういう風流な遊びは苦手みたい。
黙ってお酒だけ飲んでいらっしゃる。
「新年なのですから、さぁ、あなたも」
少将様に言われて、『竹河(たけかわ)』というおめでたい歌を皆様とお歌いになった。
初々しい歌声だけれどなかなかお上手よ。

若者たちが見事なお歌を披露(ひろう)なさったので、玉葛の君からご褒美(ほうび)(さかずき)が出た。
(かおる)(きみ)はお飲みにならない。
()いすぎると口が軽くなると申しますから。私に何を言わせるおつもりですか」
すでに少し酔っていて、いつもなら言わないような冗談をおっしゃる。
ご褒美の着物も辞退(じたい)して、ご三男の方に(ゆず)っておしまいになる。
ご三男はあわててお返ししようとするけれど、
「歌をご披露したあとの少しの休憩(きゅうけい)のつもりが、とんだ長居(ながい)をしてしまいました」
と急いでお帰りになった。

あとに残された少将様は、場の空気が一気に冷めたようにお思いになる。
<あんなに優れた人が姫君(ひめぎみ)に言い寄っているなら、私などに()()はないだろう。このお屋敷の女性たちは薫の君に夢中になるはずだ>
悲しくて情けなくて(うら)めしい。
「誰もが花のような薫の君に夢中で、私はひとりぼっちですね」
ついお気持ちがこぼれる。
帰ろうと立ち上がりなさったとき、(すだれ)のむこうから女房が申し上げた。
「あなた様が花になるときもございましょう。分かりやすい魅力(みりょく)にひかれる女ばかりではありませんよ」