野いちご源氏物語 四三 紅梅(こうばい)

「ここ何か月か長女の入内(じゅだい)準備で忙しく、あなた様の楽器の音色をお聞かせいただいていませんでした。次女は琵琶(びわ)を熱心に練習しています。上達したいと思っているようですが、中途半端な琵琶は(みみ)(ざわ)りですからね。ぜひあなた様が教えてやってください。
私は何の楽器も上達しないまま(とし)()いてしまいましたが、昔はいろいろな音楽会に参加させていただいたのですよ。そのおかげで音色のよしあしを聞き分ける力だけはつきました。

私の前では遠慮してお()きになりませんが、あなた様の琵琶の音色はお見事(みごと)ですね。ときどきほのかに聞こえてくると、昔の名人の演奏を思い出します。あなた様の伯父(おじ)にあたられる源氏(げんじ)(きみ)も琵琶がお得意でした。今はご子息(しそく)夕霧(ゆうぎり)大臣が才能を()()いでおられるようです。(かおる)(きみ)匂宮(におうのみや)様も、さすが源氏の君のご子孫だけあってお上手ですが、少し音色が優しすぎるような気がいたします。やはり夕霧大臣が今の時代の名人でしょうね。

あなた様の琵琶はその夕霧大臣の音色によく似ておいでです。(げん)の押さえ方がお上手なのでしょう。音色が他の人とは違って上品に聞こえます。女性が弾く場合は、むしろそういう音色の方が感じがよいものですね。いかがですか、今からお弾きになりませんか」
琵琶を差し上げなさいと女房にお命じになった。

宮の御方が大臣(だいじん)(てい)に連れていらっしゃった女房たちだけれど、大臣様のご命令にも素直に動く。
ただひとりだけ、「私は関係ない」と言わんばかりにじっと(かく)れている女房がいるのを大臣様は見逃されない。
<宮の御方が私から隠れようとするのは仕方がないが、女房までそのような気取った態度を取るのは(しゃく)だ>
ご自分が新しい父君として認められていないようで、内心では腹を立てていらっしゃる。