ホテルの大広間は、夜の帳を照明と音楽で塗り替えられていた。
高い天井には幾重ものシャンデリア、金糸を織り込んだカーテンが揺れるたび、光が粒のように零れる。
グラスを持つ人々の笑い声と、楽団の軽やかな演奏が重なり、社交界ならではの華やかさを作り上げていた。
私は淡いブルーグレーのドレスに身を包み、父と並んで招待客と挨拶を交わしていた。
幼いころから慣れてきた光景――なのに、今夜は落ち着かない。
視線を感じるたび、胸がざわめくのはきっと、悠真が同じ会場にいるからだ。
「莉子様、本当にお美しいですね」
「ぜひ今度、我が家の別荘にもお越しください」
笑顔を浮かべて応じると、相手の視線が熱を帯びる。
ドレスの裾を軽く揺らしながら、一礼する。
そんな私の周囲に、気づけば三人ほどの青年が集まっていた。
「お酒をお持ちしましょうか」
「いや、俺が」
「莉子様、少し踊りませんか?」
競うように差し伸べられる手。
笑いながら断ろうとしたとき――背後から低い声が割って入った。
「彼女は、予定がある」
場の空気が凍りついた。
悠真だった。
黒のタキシードに身を包み、背の高さと冷ややかな存在感で、その場の視線を一身に集める。
鋭い眼差しは、私に群がる青年たちを順に射抜いた。
「……副社長」
一人が気まずそうに笑いを浮かべる。
「ええと、少しお話を――」
「君たちの軽い誘いで、彼女の時間を浪費させるわけにはいかない」
淡々とした口調なのに、言葉は鋭かった。
青年たちは押し黙り、互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべながら退いていく。
残された私は、グラスを持つ指に力を込めた。
「……悠真さん」
「社交界は、時に浅い好奇心で成り立つ。だが、君は社長令嬢だ。軽々しく応じるべきではない」
「私は……」
何か言おうとして、喉が詰まる。
けれど、彼の視線は私を縛るように鋭く、言葉を飲み込ませる。
周囲の人々は気を利かせて距離を取り、私と彼だけが残された。
楽団の演奏がかえって遠くに感じられる。
「……助けてくれたの?」
小声で問うと、彼の眉が僅かに動いた。
「助けた? 違う」
短く切り捨てる。
だが、その声にはわずかに熱が混じっていた。
「彼らの視線に、君が微笑み返すのを見て……不愉快だった」
言葉が胸に突き刺さる。
息が詰まり、心臓が痛いほど高鳴る。
嫉妬――そうとしか言えない感情が、彼の言葉に露わになっていた。
「……どうして、そんなことを」
「理由がいるのか?」
彼の指が、私のグラスを奪い取るように持ち上げる。
テーブルに置かれたとき、澄んだ音が乾いた空気を裂いた。
「君は、誰のものだ?」
問いかけに、喉が震える。
答えられない。
けれど、彼の黒い瞳は返事を待つように、強く私を捕えていた。
――私はただの“社長令嬢”。
そして彼は、“副社長”。
立場を思えば、この問いに答えなどない。
「……失礼します」
私は裾を持ち上げて、踵を返した。
背後に残る気配は、冷たさと熱を同時に含んでいて、振り返ることができなかった。
高い天井には幾重ものシャンデリア、金糸を織り込んだカーテンが揺れるたび、光が粒のように零れる。
グラスを持つ人々の笑い声と、楽団の軽やかな演奏が重なり、社交界ならではの華やかさを作り上げていた。
私は淡いブルーグレーのドレスに身を包み、父と並んで招待客と挨拶を交わしていた。
幼いころから慣れてきた光景――なのに、今夜は落ち着かない。
視線を感じるたび、胸がざわめくのはきっと、悠真が同じ会場にいるからだ。
「莉子様、本当にお美しいですね」
「ぜひ今度、我が家の別荘にもお越しください」
笑顔を浮かべて応じると、相手の視線が熱を帯びる。
ドレスの裾を軽く揺らしながら、一礼する。
そんな私の周囲に、気づけば三人ほどの青年が集まっていた。
「お酒をお持ちしましょうか」
「いや、俺が」
「莉子様、少し踊りませんか?」
競うように差し伸べられる手。
笑いながら断ろうとしたとき――背後から低い声が割って入った。
「彼女は、予定がある」
場の空気が凍りついた。
悠真だった。
黒のタキシードに身を包み、背の高さと冷ややかな存在感で、その場の視線を一身に集める。
鋭い眼差しは、私に群がる青年たちを順に射抜いた。
「……副社長」
一人が気まずそうに笑いを浮かべる。
「ええと、少しお話を――」
「君たちの軽い誘いで、彼女の時間を浪費させるわけにはいかない」
淡々とした口調なのに、言葉は鋭かった。
青年たちは押し黙り、互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべながら退いていく。
残された私は、グラスを持つ指に力を込めた。
「……悠真さん」
「社交界は、時に浅い好奇心で成り立つ。だが、君は社長令嬢だ。軽々しく応じるべきではない」
「私は……」
何か言おうとして、喉が詰まる。
けれど、彼の視線は私を縛るように鋭く、言葉を飲み込ませる。
周囲の人々は気を利かせて距離を取り、私と彼だけが残された。
楽団の演奏がかえって遠くに感じられる。
「……助けてくれたの?」
小声で問うと、彼の眉が僅かに動いた。
「助けた? 違う」
短く切り捨てる。
だが、その声にはわずかに熱が混じっていた。
「彼らの視線に、君が微笑み返すのを見て……不愉快だった」
言葉が胸に突き刺さる。
息が詰まり、心臓が痛いほど高鳴る。
嫉妬――そうとしか言えない感情が、彼の言葉に露わになっていた。
「……どうして、そんなことを」
「理由がいるのか?」
彼の指が、私のグラスを奪い取るように持ち上げる。
テーブルに置かれたとき、澄んだ音が乾いた空気を裂いた。
「君は、誰のものだ?」
問いかけに、喉が震える。
答えられない。
けれど、彼の黒い瞳は返事を待つように、強く私を捕えていた。
――私はただの“社長令嬢”。
そして彼は、“副社長”。
立場を思えば、この問いに答えなどない。
「……失礼します」
私は裾を持ち上げて、踵を返した。
背後に残る気配は、冷たさと熱を同時に含んでいて、振り返ることができなかった。

