煌びやかな晩餐会の会場。
 乾杯が終わり、音楽が流れ始める。
 御曹司が当然のように私の手を取り、ダンスフロアへと誘った。

 ざわめきと視線が集まる。
 社長令嬢と新たな婚約者、そう見せつけるための踊り。
 私は笑みを作ったが、胸の奥は張り裂けそうに痛んでいた。

 隣を見やれば、会場の隅に悠真の姿。
 冷徹な表情の奥で、嫉妬の炎が燃えている。
 視線が交わるだけで、体が震えた。



 御曹司が私を引き寄せ、腰に手を回した。
「今夜は特別ですね、莉子様」
「……」
 作り笑いを浮かべる。
 だが次の瞬間、御曹司の唇が近づいた。

「っ——」
 慌てて身を引こうとした、その刹那。

「やめろ」

 鋭い声が会場を裂いた。



 気づけば、悠真が私たちの間に立っていた。
 御曹司の腕を払いのけ、私を強く抱き寄せる。
 驚きの声が会場中に広がった。

「副社長、何を——!」
「彼女は俺の婚約者だ」

 その言葉に、空気が凍りついた。
 父の顔が怒りに染まり、御曹司が真っ赤になって叫ぶ。

「根拠はあるのですか! 彼女は私との婚約を——」

「根拠なら、今見せてやる」

 悠真はそう言うと、私の顎を掴み、容赦なく唇を重ねた。



 会場が息を呑んだ。
 強引で、抗えない熱。
 公衆の面前で奪われた口づけ。
 私は目を見開き、必死で彼の胸を押した。

 けれど、胸の奥は爆発しそうに熱かった。
 ——ずっと、欲しかった。
 忘れたふりをしてきた初恋の人の唇を。

 涙が零れた。
 それが拒絶なのか、渇望なのか、自分でもわからない。



 悠真は唇を離し、会場を睨み据えた。
「彼女は誰のものでもない。だが、少なくとも——お前のものではない」

 御曹司が顔を真っ赤にして震える。
 父が立ち上がり、怒声をあげる。
「悠真! 何を考えている!」

 だが悠真は、私を抱き寄せたまま低く言った。
「俺は十年待った。これ以上、誰にも渡す気はない」

 その声は会場全体を震わせるほど強かった。



 人々のざわめき、父の怒り、御曹司の憤慨。
 すべてが渦巻く中、私は彼の腕の中で震えていた。

 奪われた口づけ。
 それは、二人の関係をもう後戻りできない地点へ押し出していた。