野いちご源氏物語 四二 匂兵部卿(におうひょうぶきょう)

源氏(げんじ)の君(きみ)が、六条(ろくじょう)の院(いん)や二条(にじょう)の東(ひがし)の院にお集めになった女君(おんなぎみ)たちは、今はどうしておられるかというとね。
源氏の君がお亡くなりになったあと、ほとんどの人はご実家に戻ったりお寺に入ったりなさった。
花散里(はなちるさと)の君(きみ)は右大臣(うだいじん)様の養母君(ははぎみ)という特別なお立場だから、二条の東の院を相続(そうぞく)なさって、六条の院からそちらへ引っ越された。
尼宮(あまみや)様も六条の院をお出になって、父(ちち)上皇(じょうこう)様が遺(のこ)しておかれたお屋敷にお移りになった。

花散里の君や尼宮様がいらっしゃらなくなった上、明石(あかし)の中宮(ちゅうぐう)様はお里(さと)下(さ)がりをほとんどなさらないから、六条の院は人気(ひとけ)が少なく寂しくなっている。
右大臣様はこれを残念にお思いになる。
「丹精(たんせい)込めて造られた屋敷が、主(あるじ)の死後に荒れはててしまうのはよくあることだ。よその家のことであっても悲しいのだから、せめて私が生きている間は六条の院を昔のままにしておきたい」
花散里の君がお暮らしだった夏の御殿(ごてん)に、奥様の女(おんな)二の宮様をお移しなさった。
右大臣様には初恋を実らせたご正妻(ごせいさい)と、この奥様がいらっしゃるけれど、どちらも重んじて、きっちり月の半分ずつお泊まりになる。

二条の院も、六条の院の春の御殿も、今は明石の中宮様がお生みになった皇子(みこ)様たちのためにあるようなものね。
明石の君は冬の御殿に留(とど)まって、宮様たちの後見(こうけん)役をなさっている。

源氏の君がお亡くなりになっても、残された女君たちの待遇(たいぐう)を右大臣様はお変えにならない。
どなたのことも母親のように尊敬して、ずっと大切にお仕えなさっている。
<このなかに紫(むらさき)の上(うえ)がおられたら精一杯(せいいっぱい)お仕え申し上げたのに。私の誠意(せいい)を少しもお見せできないうちに亡くなってしまわれた>
残念に悲しく思い出される。