明石(あかし)中宮(ちゅうぐう)様はもう内裏(だいり)にお戻りになったけれど、幼い(さん)(みや)様は、寂しさのお(なぐさ)めのために二条(にじょう)(いん)でお育てになる。
三の宮様は、
「おばあ様がおっしゃったから」
と、お庭の紅梅(こうばい)の様子をいつも熱心に確かめていらっしゃるの。

二月になるとどの紅梅もつぼみがふくらんで、すでに満開になっている木もある。
(むらさき)(うえ)のお形見(かたみ)の木には(うぐいす)がやって来ていた。
華やかな鳴き声に誘われて、源氏(げんじ)(きみ)()(えん)まで出てご覧になる。
「紅梅の持ち主はもうこの世にいないのに、そんなことなど知らず飛んできたのだな」
と小さくつぶやかれる。

春の花が順番に咲いていく。
何を見ても悲しくなってしまわれる源氏の君のところに、三の宮様の元気なお声が聞こえた。
「私の桜が咲いたよ。どうしたら散らさないでおけるだろう。木の周りをついたてで囲えば、風が当たらないのではないかな」
よいことを思いついたと言わんばかりのお顔がおかわいらしくて、源氏の君は微笑(ほほえ)まれる。
「昔の人は木を(おお)(そで)がほしいと申したそうですが、それよりも賢いことを思いつかれましたね」
(いと)おしそうに宮様を()でておあげになる。

「宮様にお会いできるのもあと少しです。すぐに死ぬわけではありませんが、この屋敷を出て、遠くへ行くのです」
涙ぐんでおっしゃるので、宮様は嫌だとお思いになる。
「おばあ様と同じようなことをおっしゃる。縁起(えんぎ)が悪い」
目を()せて、源氏の君のお袖をもじもじと引っ張りながら泣くのを我慢していらっしゃる。

濡れ縁の手すりにもたれかかって、源氏の君はお庭と室内を見渡される。
女房(にょうぼう)のなかにはまだ喪服(もふく)を着た人もいる。
喪服ではない人も地味な着物を着ている。
源氏の君ももう喪服姿ではないけれど、わざと質素なお着物をお召しになっている。
家具なども、ご出家(しゅっけ)が近いということで少なく質素にしてあるから、お屋敷じゅうが寂しく心細い雰囲気なの。
「私が出家したら、紫の上が愛したこの庭も荒れていくのだろうか」
誰にもどうしようもないことだけれどお悲しい。