紫の上に長くお仕えしてきた女房たちは、濃い色の喪服を着て、悲しみに沈んだままでいる。
亡き女主人を恋しがる気持ちは、何でも紛らわせることができない。
唯一の心の慰めは、源氏の君が六条の院に戻らず、ずっと二条の院にいらっしゃること。
それだけを頼りに今もお仕えしている。
お手つきの女房も何人かいるけれど、紫の上が亡くなってからはかえって遠ざけてしまわれた。
夜通しおそばにお控えする女房も、何人かまとめて当番にさせて、ご寝室から離れたところにお置きになる。
あまりにお暇なときには昔のお話をなさることもある。
なかば出家したようなお気持ちになっていらっしゃるから、かつて起こした浮気沙汰をふり返って、悔しそうにおっしゃる。
「紫の上を嫉妬で苦しめてしまった。若気の至りだったことも、仕方のない結婚もあったけれど、私の浮気心などすべてお見通しだっただろうな。それでも完全に憎みきるということはなさらなかった。浮気のたびに不安にさせて、かわいそうなことをしたと反省している」
どれだけ後悔しても足りないような気がなさる。
当時の事情を知っている年配の女房たちは、ぽつりぽつりとお話し申し上げる。
「女三の宮様とご結婚なさったとき、紫の上はけっしてお顔には出されませんでしたが、何かにつけて情けなくお思いのご様子でした」
源氏の君もそのときのことはよく覚えていらっしゃる。
<明け方に宮様のお部屋から戻ってきたら、誰も戸を開けてくれなくて困ったことがあった。渡り廊下で庭の雪を見ながら、女房が起きてくるのを待ったのだった。すっかり冷え切って部屋に入ると、紫の上はおっとりと迎えてくれたが、袖は涙でひどく濡れていた。泣いていたことを隠そうとするいじらしい様子が忘れられない>
女房たちを下がらせると、いつかまた夢かあの世かで再会できるだろうかと、ご寝室で一晩中お考えになる。
その思い出と同じ夜明けになったころ、少し離れたところから女房の声が聞こえた。
「ずいぶん雪が積もったこと」
まるであの日に戻ったような気がして、でもお隣に紫の上はいらっしゃらなくて、どうしようもなくお悲しい。
「もう雪のように消えてしまいたいと思うのに、思いどおりには死ねないようだ」
寂しそうにつぶやかれる。
お起きになると、朝の身支度をしてから、お経を読んでご気分を紛らわせなさる。
近くの女房に声をおかけになった。
「昨夜はそなたたちにも夜更かしをさせてしまったね。昔話をしたせいか、あのあとのひとり寝はいつも以上に寂しかった。この世は儚いのだから、いっそ女のぬくもりなど知らずに生きてきた方がよかったのかもしれない」
その女房は、中年になったかつてのお手つき女房なの。
<私まで出家してしまったら、この者はさらに嘆くだろう>
気の毒そうにお顔をご覧になる。
紫の上のためにお経を読む源氏の君のお声が美しくて尊くて、女房たちは涙が止まらない。
源氏の君もお悲しい。
「皇子という最高の身分に生まれたが、他の人がしないようなつらい経験もした。私が調子に乗らないように仏様が忠告してくださっていたのだろう。それに気づかないふりで、出家もせずのうのうと生きていたら、最後の最後にとんでもなくつらい経験が待っていた。しかしこれで、自分に与えられた運命も、自分がどういう人間であったかということも、すべて見つくしたと思うのだよ。いよいよもう思い残すことはない。
だがね、今度はそなたたちとの別れがつらい。紫の上の死をともに嘆いた仲間だと思うとね。あぁ、情けないな」
お目元を隠していらっしゃるけれど、ぬぐいきれない涙がこぼれる。
女房たちはさらに泣いてしまう。
「私たちを見捨てて出家などなさらないでほしい」とお願いしたいけれど、そんなことは申し上げられなくて、ただむせび泣く。
どうにもお寂しいときには、この女房たちをおそばに置いてお話し相手になさる。
中将の君という女房は、幼いころから紫の上にお仕えしていた人で、源氏の君もひそかにかわいがっておられた。
紫の上が特別に大切にされた女房だから、今となってはお形見のような気がなさる。
性格や顔立ちのよい人で、女房は女主人に似るものだから、なんとなく紫の上を思い出させる雰囲気があるの。
源氏の君をお慰めしようと、お客様はひっきりなしにやって来る。
でもめったにお会いにならない。
<心を落ち着けて対面しようとしても、この数か月ぼけたように過ごしてきたことは隠しきれないだろう。話しているうちに奇妙なことを口走ってしまったら、世間の噂になって笑われる。十年先も百年先も馬鹿にされつづけるのは避けたい。『すっかり落ち込んで客に会おうともしないらしい』と噂されるのも似たようなものだが、ただ想像で噂されるだけならまだよい。ぼけた姿を人前にさらす方がはるかにみっともない>
ご子息の大将様にさえ、ついたて越しでしかお会いにならない。
<もうしばらくして、世間が私への興味を失ったころに、人知れずそっと出家しよう>
おつらいこの世だけれど、まだご出家は遠い。
たまに六条の院に、ほんの少しお戻りになることもある。
明石の君や花散里の君にお顔をお見せになっても、紫の上のことばかりが浮かんで、涙をこぼしてしまわれる。
あまりの弱り方に女君たちもご心配なさっている。
亡き女主人を恋しがる気持ちは、何でも紛らわせることができない。
唯一の心の慰めは、源氏の君が六条の院に戻らず、ずっと二条の院にいらっしゃること。
それだけを頼りに今もお仕えしている。
お手つきの女房も何人かいるけれど、紫の上が亡くなってからはかえって遠ざけてしまわれた。
夜通しおそばにお控えする女房も、何人かまとめて当番にさせて、ご寝室から離れたところにお置きになる。
あまりにお暇なときには昔のお話をなさることもある。
なかば出家したようなお気持ちになっていらっしゃるから、かつて起こした浮気沙汰をふり返って、悔しそうにおっしゃる。
「紫の上を嫉妬で苦しめてしまった。若気の至りだったことも、仕方のない結婚もあったけれど、私の浮気心などすべてお見通しだっただろうな。それでも完全に憎みきるということはなさらなかった。浮気のたびに不安にさせて、かわいそうなことをしたと反省している」
どれだけ後悔しても足りないような気がなさる。
当時の事情を知っている年配の女房たちは、ぽつりぽつりとお話し申し上げる。
「女三の宮様とご結婚なさったとき、紫の上はけっしてお顔には出されませんでしたが、何かにつけて情けなくお思いのご様子でした」
源氏の君もそのときのことはよく覚えていらっしゃる。
<明け方に宮様のお部屋から戻ってきたら、誰も戸を開けてくれなくて困ったことがあった。渡り廊下で庭の雪を見ながら、女房が起きてくるのを待ったのだった。すっかり冷え切って部屋に入ると、紫の上はおっとりと迎えてくれたが、袖は涙でひどく濡れていた。泣いていたことを隠そうとするいじらしい様子が忘れられない>
女房たちを下がらせると、いつかまた夢かあの世かで再会できるだろうかと、ご寝室で一晩中お考えになる。
その思い出と同じ夜明けになったころ、少し離れたところから女房の声が聞こえた。
「ずいぶん雪が積もったこと」
まるであの日に戻ったような気がして、でもお隣に紫の上はいらっしゃらなくて、どうしようもなくお悲しい。
「もう雪のように消えてしまいたいと思うのに、思いどおりには死ねないようだ」
寂しそうにつぶやかれる。
お起きになると、朝の身支度をしてから、お経を読んでご気分を紛らわせなさる。
近くの女房に声をおかけになった。
「昨夜はそなたたちにも夜更かしをさせてしまったね。昔話をしたせいか、あのあとのひとり寝はいつも以上に寂しかった。この世は儚いのだから、いっそ女のぬくもりなど知らずに生きてきた方がよかったのかもしれない」
その女房は、中年になったかつてのお手つき女房なの。
<私まで出家してしまったら、この者はさらに嘆くだろう>
気の毒そうにお顔をご覧になる。
紫の上のためにお経を読む源氏の君のお声が美しくて尊くて、女房たちは涙が止まらない。
源氏の君もお悲しい。
「皇子という最高の身分に生まれたが、他の人がしないようなつらい経験もした。私が調子に乗らないように仏様が忠告してくださっていたのだろう。それに気づかないふりで、出家もせずのうのうと生きていたら、最後の最後にとんでもなくつらい経験が待っていた。しかしこれで、自分に与えられた運命も、自分がどういう人間であったかということも、すべて見つくしたと思うのだよ。いよいよもう思い残すことはない。
だがね、今度はそなたたちとの別れがつらい。紫の上の死をともに嘆いた仲間だと思うとね。あぁ、情けないな」
お目元を隠していらっしゃるけれど、ぬぐいきれない涙がこぼれる。
女房たちはさらに泣いてしまう。
「私たちを見捨てて出家などなさらないでほしい」とお願いしたいけれど、そんなことは申し上げられなくて、ただむせび泣く。
どうにもお寂しいときには、この女房たちをおそばに置いてお話し相手になさる。
中将の君という女房は、幼いころから紫の上にお仕えしていた人で、源氏の君もひそかにかわいがっておられた。
紫の上が特別に大切にされた女房だから、今となってはお形見のような気がなさる。
性格や顔立ちのよい人で、女房は女主人に似るものだから、なんとなく紫の上を思い出させる雰囲気があるの。
源氏の君をお慰めしようと、お客様はひっきりなしにやって来る。
でもめったにお会いにならない。
<心を落ち着けて対面しようとしても、この数か月ぼけたように過ごしてきたことは隠しきれないだろう。話しているうちに奇妙なことを口走ってしまったら、世間の噂になって笑われる。十年先も百年先も馬鹿にされつづけるのは避けたい。『すっかり落ち込んで客に会おうともしないらしい』と噂されるのも似たようなものだが、ただ想像で噂されるだけならまだよい。ぼけた姿を人前にさらす方がはるかにみっともない>
ご子息の大将様にさえ、ついたて越しでしかお会いにならない。
<もうしばらくして、世間が私への興味を失ったころに、人知れずそっと出家しよう>
おつらいこの世だけれど、まだご出家は遠い。
たまに六条の院に、ほんの少しお戻りになることもある。
明石の君や花散里の君にお顔をお見せになっても、紫の上のことばかりが浮かんで、涙をこぼしてしまわれる。
あまりの弱り方に女君たちもご心配なさっている。



