野いちご源氏物語 四〇 幻(まぼろし)

年末に毎年行われる仏教の儀式(ぎしき)も、これが最後と思われるせいか、僧侶(そうりょ)の声をひときわ(とうと)くお感じになる。
僧侶は源氏の君の長生きを仏様に祈るけれど、源氏の君としては今さら恥ずかしいような気がなさる。

激しく降った雪がお庭に積もっている。
帰ろうとする僧侶を引きとめて丁寧におもてなしなさった。
長年、六条(ろくじょう)(いん)内裏(だいり)でお祈りをしていた僧侶なの。
かつては若かった人だけれど、今は髪も白くなってきている。
<誰もかれも年をとるのだ>
としみじみとご覧になる。

梅の花のつぼみが少しだけふくらんで、春が近いことを雪のなかから伝えている。
お酒の(さかずき)を渡しながら僧侶におっしゃった。
「年が明けるまで生きられる自信はないから、あの梅のつぼみを目に焼きつけておこうと思う」
「仏様にしっかりお祈り申し上げておきましたから、いつまでもお若く、きっと長生きなさいますでしょう。私の方はこんな頭になってしまいましたが」
頭に手をやって、不器用だけれど誠実そうに微笑(ほほえ)む。

儀式には、親王(しんのう)様や上級貴族がたくさんお越しになっている。
こういうときには音楽会もなさるのがふつうだけれど、
<やはり今年いっぱいは音楽という気分にはなれない>
とおやめになった。
そのかわり、声のよい人に落ち着いた歌だけお歌わせになる。

この日はひさしぶりに人前(ひとまえ)にお出になったの。
お若いころ以上に光り輝くお姿に、どなたもため息をもらされた。