源氏の君にはこれまでたくさんの女君から恋文が届いた。
誰かに見られたら困るようなお手紙でも、どうしても捨てられなかったものが何通かある。
お部屋の整理をしているときに見つけたそれらを女房に破らせなさる。
須磨での謹慎中にあちこちから届いたお手紙がひとまとめになっている。
紫の上からのお手紙は他とは別にまとめてあった。
<ずいぶん昔のものだ>
と、しみじみご覧になる。
墨の色はたった今書かれたようで、いつまでも大切に取っておきたい気がなさる。
<しかし、出家したらこの世の思い出にしがみついていてはいけない>
お寺に持っていけるものではないから、口の堅い女房だけを呼んで、目の前で破らせなさる。
源氏の君も破ろうとお取りになった。
亡くなった人の筆跡というのは何でも悲しいものだけれど、紫の上のご筆跡となると特別にお心を揺さぶる。
涙が紙に落ちて墨の上を流れていく。
これ以上はご覧になれない。
お手紙を女房たちの方に押しやっておっしゃる。
「これから死んだ人を追いかけようというのに、手紙一枚破れない。この世のことはすべて捨てて、あの世のことだけを願うべきだが」
女房たちも破りにくく思っている。
まじまじと拝見してはいないけれど、紫の上からのお手紙ということはなんとなく分かるもの。
須磨は都からそれほど遠いわけではない。
でもお手紙には、これ以上ないほどつらく悲しいお気持ちが書かれている。
紫の上とお別れになった今、源氏の君のお悲しみはあのとき以上で、でももう伝える相手はいらっしゃらない。
<いけない。これ以上こんなことをしていても見苦しいだけだ>
一枚お取りになると、お手紙の文面はあえて見ないようにして端に書き加えなさる。
「未練たらしく眺めていたところで仕方がない。焼いて煙にして、空のあなたのところに届けよう」
女房に渡すと、すべて焼かせておしまいになった。
誰かに見られたら困るようなお手紙でも、どうしても捨てられなかったものが何通かある。
お部屋の整理をしているときに見つけたそれらを女房に破らせなさる。
須磨での謹慎中にあちこちから届いたお手紙がひとまとめになっている。
紫の上からのお手紙は他とは別にまとめてあった。
<ずいぶん昔のものだ>
と、しみじみご覧になる。
墨の色はたった今書かれたようで、いつまでも大切に取っておきたい気がなさる。
<しかし、出家したらこの世の思い出にしがみついていてはいけない>
お寺に持っていけるものではないから、口の堅い女房だけを呼んで、目の前で破らせなさる。
源氏の君も破ろうとお取りになった。
亡くなった人の筆跡というのは何でも悲しいものだけれど、紫の上のご筆跡となると特別にお心を揺さぶる。
涙が紙に落ちて墨の上を流れていく。
これ以上はご覧になれない。
お手紙を女房たちの方に押しやっておっしゃる。
「これから死んだ人を追いかけようというのに、手紙一枚破れない。この世のことはすべて捨てて、あの世のことだけを願うべきだが」
女房たちも破りにくく思っている。
まじまじと拝見してはいないけれど、紫の上からのお手紙ということはなんとなく分かるもの。
須磨は都からそれほど遠いわけではない。
でもお手紙には、これ以上ないほどつらく悲しいお気持ちが書かれている。
紫の上とお別れになった今、源氏の君のお悲しみはあのとき以上で、でももう伝える相手はいらっしゃらない。
<いけない。これ以上こんなことをしていても見苦しいだけだ>
一枚お取りになると、お手紙の文面はあえて見ないようにして端に書き加えなさる。
「未練たらしく眺めていたところで仕方がない。焼いて煙にして、空のあなたのところに届けよう」
女房に渡すと、すべて焼かせておしまいになった。



