野いちご源氏物語 四〇 幻(まぼろし)

八月。
いよいよ一周忌(いっしゅうき)のご法要(ほうよう)が行われる。
ご準備の忙しさで少しはご気分が(まぎ)れる。
<よくもまあ一年も生きられたものだ>
ご自分のお命にあきれるような気がなさる。

命日(めいにち)には、身分の上下に関わらず誰もが身を(きよ)めてご法要に参加した。
無事にご法要がすむと、その夜も源氏(げんじ)(きみ)はお(きょう)をお読みになる。
支度(したく)をする中将(ちゅうじょう)(きみ)(おうぎ)に何か書かれている。
源氏の君が取ってご覧になると、
(むらさき)(うえ)を恋しく思う涙はまだ途切れないのですもの、一年の節目(ふしめ)だからといって今日で悲しみが終わるわけではございません」
とある。

源氏の君はそこへ、
「私の寿命(じゅみょう)はもうほとんど残っていないが、紫の上を思って流す涙はまだまだ体の中にあふれるほど残っている」
と書き加えなさった。