「しょぼくない! あの日、全員急いでいたの!」

「急いでいた?」

「四月の身体測定の日で、身体測定は学年一斉に行うのにうちのクラスだけ先生の話が長くて移動が遅れたんだよね。で、身体測定は自分が回りたいところから回るスタイルだったから、遅ければ遅いだけ列が混んで待たないといけなくなるの。だから、もう私のクラスメイトはほぼ走っていた。だから私のシャーペンに気づく人もいなかったし、拾ってくれる人なんていないと思っていた。でも、丹野くんだけは止まって、拾ってくれて、『はい』って丁寧に置いてくれた」

私は上を見上げて、木の隙間から覗く日光に視線を移す。

しょぼい思い出なことは私が一番分かっている。

それでも、その小さな気遣いをしてくれたのは丹野くんだけだった。

「で、その後になんて言ったと思う?」

「知るか!」

「自分なんだから分かるでしょ! 同じ状況だったら、なんて言う?」

「えー、『踏まれなくて良かったな』とか?」

その返答を聞いて、やっぱりこの人は丹野くんなのだと確信した。

あの日、丹野くんはシャーペンを渡した後に「踏まれなくて良かった」と笑ってくれた。