十二月の終わり、街はイルミネーションとクリスマスソングに包まれていた。
 篠宮家の門の外にも白い灯りが絡み、夜になると宝石のように瞬く。

 三か月延期の約束から、ちょうど一か月が過ぎた頃。
 美琴は、午後から母と銀座で買い物をしていた。
 贈答用の紅茶や新年のテーブルクロスを選び、夕方近くになって母と別れた。
「今日はもう少し寄りたい店があるので、先に帰ってください」
 そう言って、母を車に乗せ、自分は歩いて中央通りへ出る。

 冬の空気は冷たく、吐く息が白く広がる。
 通り沿いのカフェの前を通りかかったとき、ガラス越しに見慣れた横顔が目に入った。
 ――悠真。

 黒のスーツに濃紺のコート。背筋を伸ばしてテーブルにつき、向かいに座る女性と話している。
 女性は、淡いクリーム色のワンピースに同色のショール。肩までの髪がやわらかく揺れ、笑顔を浮かべている。

 胸がひやりと冷えた。
 足が止まり、ガラス越しに視線が釘付けになる。
 女性は書類のようなものを取り出し、悠真に差し出した。
 悠真は真剣な顔でそれに目を通し、何か言葉を返す。

 ――仕事……? それとも……。

 わからない。
 ただ、二人きりで向かい合うその姿が、胸に鋭く刺さった。
 あの夜のバルコニーで聞いた言葉が、再び蘇る。
 “美琴といると、なんだか疲れるよな”
 ――そして今は、誰かとこうして穏やかに向き合っている。

 視界が少し揺れる。
 ガラス越しの二人が、別の世界にいるように見えた。
 女性がふと笑い、悠真も口元だけで小さく笑った。
 その表情は、最近の自分には向けられたことがないように思えてしまう。

 足を動かそうとしても、地面に根を張ったように動けなかった。
 やっと背を向けると、冷たい風が頬を刺した。
 吐く息が早くなる。
 ――こんなところを見なければよかった。

 その夜。
 屋敷の部屋で、窓の外に舞う小雪を見つめながら、胸の奥がずっとざわついていた。
 携帯を握っても、連絡をする勇気は出ない。
 理由を聞くこともできず、ただ時が過ぎていく。

 翌日、悠真からメッセージが届いた。
『明日の夕方、迎えに行く』
 短い文面。
 いつもの調子に見えるのに、昨日の光景が頭から離れない。

 ――彼は、何をしていたのだろう。
 会って聞けばいい。
 けれど、それをしてしまえば、自分の中の何かが壊れそうで怖かった。