上下も左右も定かではない場所。自分が立っているのか座っているのか分からない場所。一秒と一時間の時間も曖昧で、寒いのか暑いのかも分からない。
その場所で、ぼんやりとした光の中で俺は浮かんでいた。
そして、次に目が覚めた時、視界には見覚えのない白い天井。
(、、、病院だろうか?)
そんなことを思いながら、起き上がる。
部屋にはは勉強机と、本棚。やけに片付いている。
机の上に置かれているノートには、『近代史、小林多喜二』という見出し。
、、、俺の名前だ。
震える手でページを捲り、目で追うように説明文を読む。
「小林多喜二は、日本を代表するプロレタリア作家である。代表作に『蟹工船』などがあり―――」
鳥の声も、風の匂いも、前世の雪深い小樽とは全く違う。
(、、、ここは、どこだ?)
頭の奥に前世の記憶が鮮明に蘇る。拷問の痛み、血の匂い、仲間の顔。
でも今、俺の目の前には、机の上のノートと、白く光る天井と、整った部屋がある。
(俺は、、、生きているのか?)
ゆっくりと部屋を見回す。
本棚には現代の小説や教科書が整然と並んでいる。
そこには俺の本もあって、、、。ページの文字をなぞるように見ていると、不意に胸の奥が熱くなった。
検閲が、、、伏せ字がなくなっていたのだ。
あれ程、伏せ字だらけで原型がほぼ分からなくなっていた本に、ちゃんと文字が印刷されていたのだ。
胸の奥に、言葉がただ純粋に届く喜びが広がる。
検閲も、伏せ字も、恐怖に怯える必要もない―――ただ文字が存在し、読む人がいる。
前世では、書くことが命懸けだった。権力の監視、仲間の危険、そして最期の瞬間まで――― 。
しかし今は違う。自由に、そして安全に、文字に触れられる。
一階に降りると、美味そうな匂いがした。温かいご飯と味噌汁、、、おはぎもあるだろうか?
台所に立っていたのは四十代くらいの女性だった。
「あら、おはよう。さっさとご飯食べちゃいなさい」
振り返った女性は、柔らかな笑みを浮かべていた。
「母さん、、、?」
それ以上、言葉が出なかった。
「何ぼーっとしてるのよ。ほら、ご飯冷えちゃうわよ」
食卓にはおにぎりと湯気の立つ味噌汁、卵焼きが並んでいる。とても美味しそうだ。
箸を持つ手が震える。
「どうしたの?顔色悪いけど、、、」
母が心配そうに顔を覗き込む。
その距離の近さが、なんだか懐かしくて苦しい。言葉を発するよりも先に、涙がこぼれた。
「、、、ありがとう。母さん」
「何それ、変な子ね」
笑いながら、母は俺の頭を軽く叩いた。
(あぁ、、、タキもふじこも、母親だったなら、こんな母になっていただろうか?)
脳裏に映るのは、かつて愛した二人の女性達の姿。
「泣きながら味噌汁を飲むなんて。そんなに美味しかったかしら?」
母は少し呆れながら、パン屋を営んでいる父親と一緒に店に行った。
パン屋、、、か。
学校に着くと、一人の男子生徒が声をかけてきた。
「よー、海斗!昨日のアニメ見たー?」
「アニメ、、、?」
アニメを見たかと聞かれても、俺は『なまくら刀』しか知らない。
「純平、数学の宿題終わってないだろ!」
純平と呼ばれた男子生徒は別の男子生徒に引きずられていく。
「なんだよー、学校なんて行く意味ないじゃん!」
純平はぶつぶつ文句を言いながら数学の宿題と睨み合っている。
「海斗も言ってやれよー!勉強なんかしても意味ねぇって」
「いや、勉強は必要だ」
少なくとも、俺がそうだった。
勉強すればする程、知識が増えるようになる程、自分の未来や社会を変える力になる。
「なぁ、今日のアルバイト一緒に行こーぜ」
「うん。分かった」
純平の言うアルバイトというのは、よく分からないが、家計や学費の為に子供が働くのは今も昔も変わらないんだな。
その場所で、ぼんやりとした光の中で俺は浮かんでいた。
そして、次に目が覚めた時、視界には見覚えのない白い天井。
(、、、病院だろうか?)
そんなことを思いながら、起き上がる。
部屋にはは勉強机と、本棚。やけに片付いている。
机の上に置かれているノートには、『近代史、小林多喜二』という見出し。
、、、俺の名前だ。
震える手でページを捲り、目で追うように説明文を読む。
「小林多喜二は、日本を代表するプロレタリア作家である。代表作に『蟹工船』などがあり―――」
鳥の声も、風の匂いも、前世の雪深い小樽とは全く違う。
(、、、ここは、どこだ?)
頭の奥に前世の記憶が鮮明に蘇る。拷問の痛み、血の匂い、仲間の顔。
でも今、俺の目の前には、机の上のノートと、白く光る天井と、整った部屋がある。
(俺は、、、生きているのか?)
ゆっくりと部屋を見回す。
本棚には現代の小説や教科書が整然と並んでいる。
そこには俺の本もあって、、、。ページの文字をなぞるように見ていると、不意に胸の奥が熱くなった。
検閲が、、、伏せ字がなくなっていたのだ。
あれ程、伏せ字だらけで原型がほぼ分からなくなっていた本に、ちゃんと文字が印刷されていたのだ。
胸の奥に、言葉がただ純粋に届く喜びが広がる。
検閲も、伏せ字も、恐怖に怯える必要もない―――ただ文字が存在し、読む人がいる。
前世では、書くことが命懸けだった。権力の監視、仲間の危険、そして最期の瞬間まで――― 。
しかし今は違う。自由に、そして安全に、文字に触れられる。
一階に降りると、美味そうな匂いがした。温かいご飯と味噌汁、、、おはぎもあるだろうか?
台所に立っていたのは四十代くらいの女性だった。
「あら、おはよう。さっさとご飯食べちゃいなさい」
振り返った女性は、柔らかな笑みを浮かべていた。
「母さん、、、?」
それ以上、言葉が出なかった。
「何ぼーっとしてるのよ。ほら、ご飯冷えちゃうわよ」
食卓にはおにぎりと湯気の立つ味噌汁、卵焼きが並んでいる。とても美味しそうだ。
箸を持つ手が震える。
「どうしたの?顔色悪いけど、、、」
母が心配そうに顔を覗き込む。
その距離の近さが、なんだか懐かしくて苦しい。言葉を発するよりも先に、涙がこぼれた。
「、、、ありがとう。母さん」
「何それ、変な子ね」
笑いながら、母は俺の頭を軽く叩いた。
(あぁ、、、タキもふじこも、母親だったなら、こんな母になっていただろうか?)
脳裏に映るのは、かつて愛した二人の女性達の姿。
「泣きながら味噌汁を飲むなんて。そんなに美味しかったかしら?」
母は少し呆れながら、パン屋を営んでいる父親と一緒に店に行った。
パン屋、、、か。
学校に着くと、一人の男子生徒が声をかけてきた。
「よー、海斗!昨日のアニメ見たー?」
「アニメ、、、?」
アニメを見たかと聞かれても、俺は『なまくら刀』しか知らない。
「純平、数学の宿題終わってないだろ!」
純平と呼ばれた男子生徒は別の男子生徒に引きずられていく。
「なんだよー、学校なんて行く意味ないじゃん!」
純平はぶつぶつ文句を言いながら数学の宿題と睨み合っている。
「海斗も言ってやれよー!勉強なんかしても意味ねぇって」
「いや、勉強は必要だ」
少なくとも、俺がそうだった。
勉強すればする程、知識が増えるようになる程、自分の未来や社会を変える力になる。
「なぁ、今日のアルバイト一緒に行こーぜ」
「うん。分かった」
純平の言うアルバイトというのは、よく分からないが、家計や学費の為に子供が働くのは今も昔も変わらないんだな。



