野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

御息所(みやすんどころ)が苦しそうにしていらっしゃると聞いて、女房(にょうぼう)たちがご病室の方に行ってしまった。
もともと別荘に連れていらっしゃった女房は多くないから、(みや)様のおそばは人が少なくなる。
宮様はぼんやりとなさっている。

<静かな今なら私の気持ちをお伝えできるだろうか>
(きり)が建物のなかにまで入ろうとするのをご覧になって、宮様におっしゃる。
「帰る方向もわからなくなりそうです。どうしたらよいでしょう。美しい夕霧(ゆうぎり)(あし)()めされているような気がいたします。私が帰りたくないだけかもしれないけれど」
「どうでしょうか。ご自宅が気になって帰りたいとお思いの方を足止めする力は、さすがの夕霧にもないと存じますが」
宮様のお声がほのかに聞こえて、大将様はお帰りになることなど完全に忘れてしまわれた。