野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

太政(だいじょう)大臣(だいじん)様は雲居(くもい)(かり)が家出をして戻っていらしたことを聞いて、世間に笑われることをお(なげ)きになる。
様子見(ようすみ)もせず実家に戻ってきてしまったのか。しばらくすれば大将(たいしょう)がどう考えているかはっきりしただろう。こちらに戻ってくるのはそれからでも遅くなかったのに。女の方から夫婦関係を壊すのは軽率(けいそつ)だと非難(ひなん)される。
あぁ、しかし仕方がない。一度そう言ってしまったなら、こちらから折れて帰る必要はない。それで大将がどう出るかだ」

大臣様は、かわいい娘の夫を(うば)った(おんな)()(みや)様に、一言嫌味を申し上げようとお考えになる。
子息(しそく)(つか)わしてお手紙を届けさせなさった。
「宮様とは何かとご(えん)がございますね。亡くなった息子の妻としてはご同情いたしますが、娘の夫の新しい妻としては(うら)めしくて。(しゅうと)であった私のことをどうぞお忘れなさいませんよう」
このお手紙を持って、ご子息はずかずかとお屋敷に上がりこんでいかれる。

縁側(えんがわ)にお席を用意したけれど、女房(にょうぼう)たちは応対(おうたい)役に出たがらない。
もう大将様という新しい婿君(むこぎみ)がいらっしゃるのに、前の婿君の弟君(おとうとぎみ)が、お身内(みうち)(がお)で入ってこられたのだもの。
宮様はなおさら気まずくて、お部屋の奥で息をひそめていらしゃる。
大臣様のご子息のなかでもとくにお美しい方で、ご態度も丁寧だけれど、ご自分がお使者(ししゃ)として派遣(はけん)された意味を分かっておられる。
亡き衛門(えもん)(かみ)様を訪ねてときどき遊びにいらしていたから、のんびりとお屋敷を見回して、(なつ)かしそうなお顔をなさった。

「亡き兄の気配(けはい)がまだ残っているような気がいたします。身内の家のように思われて、ついくつろいだ気分になりますが、もうそのように思ってはいけないのでしょうね」
さりげなく皮肉(ひにく)を言いながら、(ちち)大臣(だいじん)へのお返事を受け取ろうと待っていらっしゃる。
「私にはとても書けない」
宮様は拒否なさる。
幼稚(ようち)だとお思いになりましょう。私どもの代筆(だいひつ)ですむお相手ではございません」
女房(にょうぼう)たちが集まって口々に申し上げるので、宮様は泣いてしまわれる。
母君(ははぎみ)が生きておられたら、どれほど私にあきれなさったとしても、かばって助けてくださっただろうに>
お返事はなかなか思い浮かばないけれど、涙だけはあふれていく。

「私のようなつまらない者のために、いったい何をご同情なさったり恨んだりなさるのでしょうか」
やっと出てきたお言葉をそのまま書いて女房にお渡しになった。
お返事をうやうやしく受け取ると、ご子息は女房たちと世間話をなさる。
「ときどきお見舞いに上がっても(すだれ)のなかへ入れてくださいませんから、ご再婚なさるおつもりがなくて男を遠ざけておられるのだろうと思っておりました。しかし大将様とご再婚なさったそうですね。これから私も熱心にお訪ねすれば、簾のなかへ入れていただけるかもしれない」
色めいたことを冗談っぽくおっしゃって、「もし宮様が大将様のご正妻(せいさい)の座を奪おうとなされば、私がこのご結婚を壊すかもしれませんよ」とお(おど)しになる。
妹君(いもうとぎみ)である雲居(くもい)(かり)が大将様に捨てられることなどあってはならないとお思いだから、宮様に(くぎ)()してお帰りになった。