野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

明け方になってももう急いでお帰りにはならない。
今朝は婿君(むこぎみ)らしくのんびりなさるの。
<まだお帰りにならないのか>
(みや)様はお着物を引きかぶったまま、拒絶(きょぜつ)気配(けはい)をますます強く(ただよ)わせていらっしゃる。

そのご様子をちらりと見てため息をおつきになってから、お部屋のなかをぐるりを見渡してごらんになる。
物置部屋とはいえ、とくに細々(こまごま)とした物が置かれているわけではない。
立派な家具がいくつかあるけれど、それらを(はし)に寄せて、宮様のおいでになる場所をついたてで囲っている。

朝日が戸の隙間(すきま)から差しこんだ。
男君(おとこぎみ)は宮様のお着物をそっと引きはがすと、乱れたお(ぐし)を分けてお顔をご覧になる。
上品で女らしい、美しいお顔立ちでいらっしゃった。

やっと本当のご夫婦になって安心なさった男君は、()ましていらっしゃるときよりも優しくお美しい。
<亡き衛門(えもん)(かみ)様は大将様ほど美しい人ではなかったけれど、それでも私のことを不美人(ふびじん)だとお思いのようだった。しかもあれからさらに(おとろ)えたのだから、とても見られたものではないとお思いだろう>
宮様は恥ずかしがっておられる。

しかしこうなってしまったからには、お気持ちを整理して冷静にお考えになる。
入道(にゅうどう)上皇(じょうこう)様や亡き夫の父君(ちちぎみ)がどう思われるだろう。非難(ひなん)されても当然だ。しかもまだ母君(ははぎみ)喪中(もちゅう)だというのに>
思い浮かぶのは嫌なことばかりなの。

朝のお支度(したく)に使うお道具やご朝食は、いつものお部屋の方に運ばれた。
おめでたいご結婚のはじまりだから、女房(にょうぼう)たちはいかにも喪中という着物ではなく、落ち着いた色の着物を着ている。
お部屋も喪中であることをなるべく分かりにくくして整えられている。
大和(やまと)(かみ)がうまく準備したみたい。

亡き御息所(みやすんどころ)と宮様が母娘だけでお暮らしだったころは、厳しいことを言う人がいなかったから、お仕えしている人たちも(なま)けがちだったの。
下働きする者も少なくなっていたけれど、大和の守が指示を出して、なんとかご新婚生活が始められるようにしている。
宮様が大将様とご結婚なさったと聞いて、どこかに行ってしまっていた事務長も戻ってきた。
適当になっていたお屋敷の事務仕事も、これからはきちんと行われるようになるはずよ。