日が高くなってからご自宅の三条邸にお戻りになった。
お部屋にお入りになるとすぐに、かわいらしいお子たちが駆けよってきて、足元にまとわりついてはしゃがれる。
女君はご寝室で横になっていらっしゃる。
男君もお入りになったけれど、目もお合わせにならない。
ご同情はなさっても、ここで遠慮するご関係ではないから、掛け布団をさっと取ってしまわれた。
女君はむすっとしておっしゃる。
「ここはあなたがお帰りになる家ではありませんよ。私はもう死にました。いつも私のことを鬼のようだとおっしゃるから、本当に鬼になってしまおうと思うのです」
「たしかにお心は鬼のようだが、お顔がかわいらしいから怖くありませんよ」
驚きも慌てもなさらないので、女君はますますお怒りになる。
「今になって若々しい魅力をふりまきはじめたあなたに私は釣り合いませんから、もうどこか遠くへ行ってしまいます。けっして思い出さないでくださいませ。こんな夫と十年も一緒にいたなんて悔しい」
がばりと起き上がってまくし立てなさるけれど、大将様のおっしゃるとおり怖くないの。
愛嬌があって、赤くなったお顔もおかわいらしい。
「そうやってたびたび子どもっぽくお怒りになるから、私はすっかり慣れてしまって、もう恐ろしいとは思わなくなってしまいました。本格的な鬼をめざすなら、もう少し神々しい感じがあった方がよいかもしれない」
ご冗談までおっしゃる。
「なんですって。さっさと死んでしまえばよいのに。私も死にます。お顔を見れば憎いし、お声を聞けば腹が立つし、かといって見捨てて先に死ぬのは心配だし」
そんなふうに言われては、もういじらしさしかお感じにならない。
優しくほほえんでおっしゃる。
「死ぬときは一緒だと幼いときにお約束しましたからね。私たちの縁は死んでも切れないことを確かめましょう」
あれこれとお慰めになると、女君はもともと素直なご性格だから、自然とにこにこしてしまわれる。
口先だけだと分かってはおられるのだけれど。
かわいらしいと思いながらも男君は上の空でいらっしゃる。
<女二の宮様もそこまでご意志の強い方ではないように見えるが、結婚が嫌で出家してしまわれたら、なんとも馬鹿馬鹿しい結末になる。しばらくは毎日通って誠意をお見せしなければ>
日が暮れていくけれど、宮様からのお手紙は来ない。
今夜はどのようにお話し申し上げようかとお考えになる。
でもその前に、ご正妻をなだめておく必要があるわ。
ご気分が少しよくなってひさしぶりにお食事を召し上がっているところに、しみじみとお話しかけになる。
「あなたと結婚するのには苦労しました。私は一途にあなたを愛していたけれど、そちらの父君が大反対なさって、世間に笑われたものです。それでも我慢して、他の縁談には見向きもしなかった。『女ならともかく、男が一途になってどうするのだ』とあちこちで非難されました。
今ふり返ると、よくぞあれほどがんばったと思いますよ。若いころから浮ついたところのない性格だったのだなと、我ながら感心する。
そんな私のことをあなたはお憎みになってしまったわけだが、ここには捨てておけない子どもたちがたくさんいるでしょう。あなただけのお考えで、この子たちを捨てて遠くへなど行けはしない。どうか気長に見ていてください。長生きなされば私の愛情にお気づきになるだろうから」
今だけは耐えてほしいと泣きながらおっしゃる。
女君も昔のことを思い出される。
<たしかに私たちはとても結婚できるような状況ではなかった。こうして夫婦になれたのは、よほどの運命だったのだろう>
ご自分たちのつながりの深さは特別だと信じて、他の恋人のところに行かれるのをお認めになる。
男君は美しく着飾って出て行こうとなさる。
それをご覧になるとやはり涙があふれる。
着替えて脱いでいかれたお着物の袖を引き寄せて、
「もう嘆くよりも尼になってしまおうかしら。この世を捨てなければ生きていられない気がする」
と独り言をおっしゃる。
「悲しいことを。『夫に飽きたから捨てたらしい』などとあなたが噂されてしまいますよ。それではお困りになるでしょう」
男君は立ち止まられたけれど、一刻も早く宮様のところへ行こうと焦っていらっしゃる。
あっさりとお返事して出ていかれる。
お部屋にお入りになるとすぐに、かわいらしいお子たちが駆けよってきて、足元にまとわりついてはしゃがれる。
女君はご寝室で横になっていらっしゃる。
男君もお入りになったけれど、目もお合わせにならない。
ご同情はなさっても、ここで遠慮するご関係ではないから、掛け布団をさっと取ってしまわれた。
女君はむすっとしておっしゃる。
「ここはあなたがお帰りになる家ではありませんよ。私はもう死にました。いつも私のことを鬼のようだとおっしゃるから、本当に鬼になってしまおうと思うのです」
「たしかにお心は鬼のようだが、お顔がかわいらしいから怖くありませんよ」
驚きも慌てもなさらないので、女君はますますお怒りになる。
「今になって若々しい魅力をふりまきはじめたあなたに私は釣り合いませんから、もうどこか遠くへ行ってしまいます。けっして思い出さないでくださいませ。こんな夫と十年も一緒にいたなんて悔しい」
がばりと起き上がってまくし立てなさるけれど、大将様のおっしゃるとおり怖くないの。
愛嬌があって、赤くなったお顔もおかわいらしい。
「そうやってたびたび子どもっぽくお怒りになるから、私はすっかり慣れてしまって、もう恐ろしいとは思わなくなってしまいました。本格的な鬼をめざすなら、もう少し神々しい感じがあった方がよいかもしれない」
ご冗談までおっしゃる。
「なんですって。さっさと死んでしまえばよいのに。私も死にます。お顔を見れば憎いし、お声を聞けば腹が立つし、かといって見捨てて先に死ぬのは心配だし」
そんなふうに言われては、もういじらしさしかお感じにならない。
優しくほほえんでおっしゃる。
「死ぬときは一緒だと幼いときにお約束しましたからね。私たちの縁は死んでも切れないことを確かめましょう」
あれこれとお慰めになると、女君はもともと素直なご性格だから、自然とにこにこしてしまわれる。
口先だけだと分かってはおられるのだけれど。
かわいらしいと思いながらも男君は上の空でいらっしゃる。
<女二の宮様もそこまでご意志の強い方ではないように見えるが、結婚が嫌で出家してしまわれたら、なんとも馬鹿馬鹿しい結末になる。しばらくは毎日通って誠意をお見せしなければ>
日が暮れていくけれど、宮様からのお手紙は来ない。
今夜はどのようにお話し申し上げようかとお考えになる。
でもその前に、ご正妻をなだめておく必要があるわ。
ご気分が少しよくなってひさしぶりにお食事を召し上がっているところに、しみじみとお話しかけになる。
「あなたと結婚するのには苦労しました。私は一途にあなたを愛していたけれど、そちらの父君が大反対なさって、世間に笑われたものです。それでも我慢して、他の縁談には見向きもしなかった。『女ならともかく、男が一途になってどうするのだ』とあちこちで非難されました。
今ふり返ると、よくぞあれほどがんばったと思いますよ。若いころから浮ついたところのない性格だったのだなと、我ながら感心する。
そんな私のことをあなたはお憎みになってしまったわけだが、ここには捨てておけない子どもたちがたくさんいるでしょう。あなただけのお考えで、この子たちを捨てて遠くへなど行けはしない。どうか気長に見ていてください。長生きなされば私の愛情にお気づきになるだろうから」
今だけは耐えてほしいと泣きながらおっしゃる。
女君も昔のことを思い出される。
<たしかに私たちはとても結婚できるような状況ではなかった。こうして夫婦になれたのは、よほどの運命だったのだろう>
ご自分たちのつながりの深さは特別だと信じて、他の恋人のところに行かれるのをお認めになる。
男君は美しく着飾って出て行こうとなさる。
それをご覧になるとやはり涙があふれる。
着替えて脱いでいかれたお着物の袖を引き寄せて、
「もう嘆くよりも尼になってしまおうかしら。この世を捨てなければ生きていられない気がする」
と独り言をおっしゃる。
「悲しいことを。『夫に飽きたから捨てたらしい』などとあなたが噂されてしまいますよ。それではお困りになるでしょう」
男君は立ち止まられたけれど、一刻も早く宮様のところへ行こうと焦っていらっしゃる。
あっさりとお返事して出ていかれる。



