野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

夏の御殿(ごてん)一息(ひといき)おつきになる。
(おんな)()(みや)様をあなた様が都にお連れしたそうですね。元太政(だいじょう)大臣(だいじん)様のお屋敷で(うわさ)になっているそうです。どういうことなのですか」
養母(ようぼ)花散里(はなちるさと)(きみ)がおっとりとお尋ねになった。

「やはり噂になっていましたか。実は亡き御息所(みやすんどころ)に頼まれてしまったのです。最初はご再婚に反対しておられましたが、いよいよご最期(さいご)というとき、お気が弱られたのでしょうね、ご自分が亡くなったあとは後見(こうけん)してほしいというようなことを(おお)せになりました。もともと宮様のお世話をすることは亡き衛門(えもん)(かみ)との約束でしたから、それならば結婚をということになったのです。これだけの話を世間ではあれこれ言っているのでしょう。とくにおおげさに噂するようなことでもないと思いますが、世間はそういうものですから」
余裕そうにほほえんでお答えになる。

「女二の宮様はご出家(しゅっけ)なさりたいとお思いのようですから、ふつうの結婚生活ではないのです。ご出家なさるにせよなさらないにせよ、衛門の督の遺言(ゆいごん)を守ってお世話だけは続けるつもりでいます。父君(ちちぎみ)も気になさっておいででしょう。こちらにお越しになりましたら、養母君(ははぎみ)からもそうお伝えください。この年になって浮気(うわき)沙汰(ざた)とはとお(しか)りを受けそうですが、男女のことはどなたに何を言われても、自分の思いどおりにさえならないことです」
気を(つか)わなくてよい養母君の前では、少年に戻ったようにいたずらっぽくお話しになる。

「女房が間違って聞いてきたのではと思っておりましたけれど、本当だったのですね。浮気なんてよくあるお話とはいえ、三条(さんじょう)(てい)姫君(ひめぎみ)がお気の毒です。これまで唯一(ゆいいつ)のご正妻(せいさい)としてのんびりお過ごしでしたのに」
「ずいぶんかわいらしく呼んでくださるのですね。(おに)のように恐ろしい姫君ですけれど。しかし妻のこともおろそかにはいたしませんからご安心ください。

妻ももう少し(おだ)やかでいてくれたらと思うのです。口うるさい女は最初のうちはこちらも気を遣いますが、ずっと遠慮はしていられません。何か起きれば(にく)みあうことになりましょう。その点、六条(ろくじょう)(いん)女君(おんなぎみ)たちは皆様ご立派でいらっしゃいます。(むらさき)(うえ)も養母君もお手本のようなお心がけをしておられます」

熱心におほめになるので、花散里の君は苦笑いなさる。
「あら、それ以上おっしゃるとだんだん私の悪口になってまいりませんか。『夫に放っておかれても平気そうでご立派だ』なんて」
くすくす笑ってお続けになる。
「それにしても不思議ですね、源氏の君はご自分の浮気(うわき)(ぐせ)(たな)に上げて、ほんの少し浮気なさったあなたを一大事(いちだいじ)とばかりにお責めになる。立派なことを言う人ほど自分のことが見えていないものです」
「おっしゃるとおりです。いつも男女のことについてありがたいお説教を頂戴(ちょうだい)しますが、私は私で十分気をつけているつもりですのに」
大将様もご一緒にお笑いになる。