野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

(みや)様はお部屋の奥の方に隠れていらっしゃる。
とはいえこじんまりとした建物だから、大将(たいしょう)様のところまでご気配(けはい)が伝わってくるの。
そっとお動きになったときのお着物の音に、大将様はどきどきなさる。

御息所(みやすんどころ)からのお返事がしばらく届かないときに、女房(にょうぼう)にご不満をおっしゃった。
「こうしてご訪問をつづけて二年半になるけれど、宮様はいつまでも私を(すだれ)の中に入れてくださいませんね。簾越しに女房を通して、やっとほんの少しお話しさせていただける。これがふつうなのだろうか。『あれで満足しているなんてずいぶん(むかし)(ふう)(どん)くさい男だ』と、あなたたちに笑われているのではないかと恥ずかしい。
私は経験がないのですよ。若くて身分の軽かったころに少しは女遊びをしておけばよかった。そうすればもっと物慣れた態度でいられただろうに。まったく、この年になってこれほど()真面目(まじめ)馬鹿(ばか)正直な男はいないだろう」