野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

秋になった。
小野(おの)の山里の景色はさぞかし美しいだろう。(みや)様はどうしておられるだろうか>
大将(たいしょう)様はさりげなく雲居(くもい)(かり)におっしゃる。
「有名な僧侶(そうりょ)がめずらしく山のお寺から下りてきているそうでね。仏教(ぶっきょう)のことで教えてもらいたいことがあるから、(おんな)()の宮様の(はは)御息所(みやすんどころ)をお見舞いがてら、僧侶のところに行こうと思います」
あくまでも僧侶に会うのが目的のようにおっしゃってお出かけなさる。

(とも)は大げさになさらない。
親しい家来を五、六人だけお連れになる。
小野はそれほど山奥ではないけれど、秋らしい景色がすばらしい。
こういうところの素朴(そぼく)な別荘は、都の豪華なお屋敷よりも風情(ふぜい)があるものよね。

一時的なお住まいだけれど上品にお暮らしになっている。
母屋(おもや)の一部に僧侶がお祈りをする場所がつくられていた。
少し離れたところに御息所のご病室があって、宮様のお部屋はご病室からできるだけ離れたところにある。
もともと母御息所は、
「病気の私には妖怪(ようかい)()りついています。それが宮様に乗り移ってはいけませんから」
とおひとりで別荘に移るおつもりだったのだけれど、宮様が母君(ははぎみ)と離れるのを嫌がってついていらっしゃったの。
せめてもの予防で、宮様がご病室に入ることはお許しにならない。

こじんまりとした別荘だから、お客様をおもてなしするお部屋はない。
宮様のお部屋の縁側(えんがわ)に大将様の客席が用意された。
上級の女房(にょうぼう)が客席とご病室を行ったり来たりして、大将様と御息所のお話を()()いでいる。
「ご丁寧なお手紙を頂戴(ちょうだい)しました上、このようなところまでお越しいただきまして、もったいないことでございます。あっさり死んでしまったらお礼も申し上げられないと思いまして、なんとか今日まで生きながらえておりました」

「こちらへお移りになるときにお(とも)させていただこうと思ったのですが、どうしても外せない用事がありまして失礼いたしました。ご心配申し上げておりましたものの、何かと忙しくお見舞いに上がるのが遅れまして、薄情(はくじょう)(もの)とお思いではないかと心苦しゅうございます」
などと大将様は優しくおっしゃる。