野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

御息所(みやすんどころ)はいつも、「死んだらすぐに火葬(かそう)してほしい」とおっしゃっていたの。
あわただしく(おい)大和(やまと)(かみ)がやって来て、すべての手配をしていく。
「亡きがらをもうしばらく見ていたい」
(みや)様はおっしゃったけれど、それでどうなるわけでもないから、せわしなくお支度が進められていく。
葬儀(そうぎ)の準備が整ったころ、大将(たいしょう)様がお越しになった。

宮様のお悲しみを思うと弔問(ちょうもん)のお使者(ししゃ)だけではすませることはおできにならなかったの。
「何もそんなに急にお行きにならなくても」
三条(さんじょう)(てい)の女房たちはもちろんお止めしたけれど、
(うらな)いによるとこの先は外出に向かない日が続くから」
と言い訳なさって、無理に出ていらっしゃった。

やっとご到着なさったときには、お屋敷中に悲しい気配(けはい)が満ちていた。
ご葬儀の会場ではなく宮様のお部屋の方にお通ししたけれど、女房たちは気が動転(どうてん)していてすぐに応対(おうたい)に出ていけない。
<せっかくお越しくださったのだから>
と心を落ち着かせて、上級の女房がお話の()()ぎ役として出た。

大将様はなかなかお言葉が見つからない。
普段は涙もろくはない方だけれど、(すだれ)の中から女房たちの悲しそうな様子が伝わってきてお胸がつまる。
命は(はかな)いものだということが目の前につきつけられてお悲しい。
しばらくしてから宮様にお見舞いをおっしゃった。
「少しお具合がよろしいように(うかが)っておりましたのに、あまりに突然のことで」

<大将様と私の関係をお悩みになったことが、重病のお体にとどめを刺したのだ>
宮様は運命がおつらくてお返事もなさらない。
女房がせかすように申し上げる。
「お返事はどのようにお伝えいたしましょう。自由に出歩けるお立場でもない大将様が、急いでお越しくださったのです。何もお返事なさらないのは、そのありがたみを理解していらっしゃらないように受け取られてしまいます」
「それらしいことを申し上げておきなさい。私は何も考えられない」
宮様はそれきり()せってしまわれた。

「まだ今は亡くなった方と同じように茫然(ぼうぜん)としていらっしゃいます。お越しくださいましたことはお伝えいたしましたので」
涙にむせかえりながら女房が申し上げる。
「私もお(なぐさ)めの言葉も思い浮かびません。少し時間をかけて心をしずめまして、宮様も多少落ち着かれましたころに、もう一度お伺いいたしましょう。どうしてこれほど急にお亡くなりになってしまったのかだけ教えていただけませんか」

「大将様に宮様が捨てられてしまわれることをお(なげ)きになったから」とは申し上げられない。
おふたりのご関係を心配なさっていたことだけ女房はお伝えした。
「この先は大将様への(うら)(ごと)になってしまいそうです。今日は動揺(どうよう)しておりまして分別(ふんべつ)がつかなくなっております。宮様も永遠にこのままではいらっしゃいませんでしょうから、少し落ち着かれましたら、お話を取り次がせていただきたいと存じます」
いかにも混乱(こんらん)している様子なので、大将様はそれ以上おっしゃれない。

「私も暗闇(くらやみ)に迷っているような気がいたします。宮様をよくお慰めしてさしあげてください。次回は一言でもお返事をいただけたらうれしいのですが」
いつまでも居座(いすわ)っていられるご身分ではいらっしゃらない。
葬儀(そうぎ)のために人も集まってきているから、さっとお帰りになった。
近くのご領地(りょうち)の者に、儀式のお手伝いをお命じになる。
<まさか今夜ご葬儀をすませてしまうとは。(みかど)のお(きさき)様でいらした方なのに、あまりにあっけないではないか>
ご不満だけれど、大将様が派遣(はけん)なさったお手伝いのおかげで、急なご葬儀も体裁(ていさい)が整っていく。

てきぱきと儀式が進んで、宮様は(くや)しがっておられる。
でもこればかりはどうしようもない。
いくら親子であってもお別れのときに執着(しゅうちゃく)が強すぎるのはよくないから、女房たちも困っている。
ご葬儀を無事に取り仕切った大和の守は、
「このような寂しい別荘ではとてもお暮らしになれませんでしょう」
とご心配するけれど、宮様は離れようとはお思いになれないの。
母君(ははぎみ)のことを思い出しながら、この山里で一生を終えたいと考えていらっしゃる。
宮様がお気づきにならないうちに、もう九月になった。