野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

御息所(みやすんどころ)は世間の(うわさ)になってもかまわぬと(うら)(ごと)のお手紙をお送りになったのに、お返事さえ届かない。
<どういうおつもりなのだ。内親王(ないしんのう)であられる方に対して、あまりに失礼ではないか>
情けなくてお心がくだけてしまわれる。
せっかく少しよくおなりだったお具合も、また悪化してひどくお苦しみになる。

(みや)様ご本人は大将(たいしょう)様の態度にご不満はない。
もし一昨日の夜に関係をお持ちになっていれば、昨夜と今夜は婿君(むこぎみ)として絶対にお越しいただかなければ結婚が成立しない。
でも、実際は一昨日の夜に何もなかったのだもの。
ただ大将様にお姿を見られてしまったことを後悔しておられる。
あとは何より母御息所のお(なげ)きが心苦しいのだけれど、「何もなかった」とはきはき説明できるご性格ではないから、いつも以上に恥ずかしそうになさっている。
それをご覧になると、御息所はますます何かあったと信じこまれる。

「今さら口うるさいことを申し上げたくはありませんが、宮様がこれほど頼りないご性格とは思っておりませんでした。何事(なにごと)も運命ではございますけれどもね、そのご性格のせいで大将様にお姿を見られ、世間の噂になってしまわれるのです。とはいえ一度立った噂は消せませんから、これから先はもっとご用心(ようじん)なされませね。

たいした身分の母ではありませんが、これまで力の限りお育てしてきたつもりです。このお年になって、しかもご結婚も経験なさったのですから、男性を警戒(けいかい)することくらいは身につけておられるだろうと安心していたのですよ。それなのにずいぶん子どもっぽいご性格のままで、警戒心も何もおありでないだなんて。悲しくて情けなくて、どうにかもう少し生きながらえて、お教えしてさしあげなければと思うのです。

貴族の娘であっても、多少身分のある家の娘なら、二度目の結婚は世間体(せけんてい)がよくないものです。ましてあなた様は内親王でいらっしゃるのですから、生涯(しょうがい)独身を通されるべきだと私は考えておりました。しかし上皇(じょうこう)様がご結婚をお許しになりましたから、どうしようもありません。婿君が早くにお亡くなりになっても、それなら今後はただ宮様をお守りして生きていけばよいと割り切っておりました。私や宮様から望んだ結婚ではない以上、こちらに責任はないのですから。

そこへ大将様が現れなさったのです。これからどちらにとってもよくない噂が流れましょう。それでもね、大将様が宮様をそれなりに大切にしてくだされば、いずれ世間にも認められるはずなのです。せめてそうであってほしいと祈っておりましたのに、まったく薄情(はくじょう)なお方だったのですね」
泣きながら恨み言をおっしゃる。

完全に勘違いしていらっしゃるの。
でも宮様はご説明できなくてただ泣いて震えていらっしゃる。
こんなことを言っている場合ではないけれど、おっとりとしておかわいらしい。
御息所は優しく見つめて、
「おかわいそうに。人より何が(おと)っているわけでもない、ご立派な宮様でいらっしゃいますのにね。どうして穏やかにお暮らしになれないのでしょう。お悩みの()きない運命でいらっしゃる」
とおっしゃるやいなや、突然お胸を押さえて苦しみだされた。

妖怪(ようかい)は病人が気弱(きよわ)になったところで本気を出すものよ。
息がなくなって、お体がどんどん冷えていく。
僧侶(そうりょ)たちが大騒ぎでお祈りを始めた。
(やま)()もりの修行(しゅぎょう)を中断してまでお祈りに加わっていた僧侶も必死に祈る。
宮様は泣きまどわれる。