野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

<男女として始まった関係ではないのだから、突然求婚めいたことを申し上げるのは気恥ずかしい。ただ深い誠意をお見せしていれば、いつかお心が()けることもあるだろう>
(あせ)らずに将来を期待なさっている。
世間から見て不自然ではないように(みや)様のお世話をして、さりげなくご様子をうかがわれる。
奥ゆかしい宮様は直接お話しなどなさらない。

<どのような機会なら直接この思いをお伝えして、お言葉をいただけるだろうか>
そわそわしていらっしゃると、(はは)御息所(みやすんどころ)が重病になって、小野(おの)という山里にある別荘で療養(りょうよう)されることになった。
お祈りが得意な僧侶(そうりょ)が山に(こも)って修行(しゅぎょう)をしていて、都まで出てくることはできないけれど、山里の別荘なら下りてきてくれることになったの。
その僧侶のご病気回復のお祈りをお受けになるために、御息所と(おんな)()の宮様は別荘へお移りになる。

乗り物やお(とも)などは大将(たいしょう)様がご用意なさった。
亡き衛門(えもん)(かみ)様の弟君(おとうとぎみ)たちは、ご自分の生活が忙しくてそこまで考えつかなかったみたい。
未亡人(みぼうじん)になった宮様に少し言い寄った弟君もいたけれど、宮様が冷たくなさったので、それきりになってしまっていた。
<僧侶にお祈りをおさせになるなら、褒美(ほうび)として与える着物が必要だろう>
大将様はよく気がつくご性格で、細々(こまごま)としたものまでそろえてお届けになる。

ご病気の御息所はお礼のお手紙をお書きになれない。
「大将様のような立派なご身分の方に代筆(だいひつ)では失礼でございますから」
女房(にょうぼう)たちにそう言われて、宮様がお手紙をお書きになる。
大将様は初めて宮様のご筆跡(ひっせき)をご覧になった。
ほんの短いお手紙だけれど、おっとりとした書きぶりで、女性らしい優しさが感じられるの。
ますます宮様に夢中になって、頻繁(ひんぱん)にお手紙をお送りになる。

<やはり友情では終わらないご関係らしい>
正妻(せいさい)である雲居(くもい)(かり)嫉妬(しっと)なさるので、大将様はすぐにお見舞いに行けずやきもきしておられる。