「お越しくださいとのことです」
とだけ女房は宮様にお伝えした。
母御息所にお目にかかるために準備をなさる。
涙で乱れたお髪を整え、大将様が引っ張ってほころんでしまったお着物を着替えられたけれど、すぐにご病室に向かおうとはなさらない。
<女房たちは昨夜のことをどう思っているのだろう。母君はまだご存じないだろうけれど、このまま知らん顔でお目にかかって、あとでお聞きになったら、『どうしてあのとき言ってくれなかったのだ、隠し事をするなんて悲しい』とお思いになるだろう>
ご想像なさるだけで恥ずかしくて、また臥せってしまわれる。
「体調が悪い。いっそこのまま死ねたらよいのに」
あれこれお悩みになっているせいで、お体に力が入らないような気がなさる。
女房が脚をさすってさしあげる。
「実は、御息所に昨夜のことをお伝えした人がいたようなのです。先ほど御息所が私に事情をお尋ねになりまして、正直にお話しいたしました。戸の掛け金は掛けてあったと申し上げましたから、もしそのことを宮様にもお尋ねになりましたら、同じようにお答えなされませ」
御息所がひどくお嘆きになっていることはお伝えしない。
<それで母君は私をお呼びになったのか>
宮様は悲しくてお声も出ず、ただ涙が落ちる。
<私が母君をお悲しませしたのは今回が初めてではない。結婚後すぐに夫を亡くして、それからご心配をおかけしつづけている。私など生きていない方がよいのではないか。大将様はまだお諦めにならないだろうから対応に困る。それでも完全に身を任せなかったことだけはよかった>
その一点だけでお心は慰められるけれど、
<しかしそもそも、内親王があんなふうに男に近づかれてしまうなどありえないことだ>
と、ご自分の運命をお嘆きになる。
御息所のご病室にお行きになれないまま夕方になった。
「どうしても今日お越しくださいませ」
と仰せがあったので、やっと宮様は動かれる。
御息所はご病気でお苦しいのに、かしこまって宮様にお会いになる。
「横になったままでは失礼だから」と、無理をしてでも正式な作法をしようとなさるの。
「乱れた格好をしておりますので、わざわざお越しいただいてお目にかかるのも恐れ多いのですが、この二、三日のご無沙汰が何年にも感じられまして。そんなふうに心細く感じるのは、もうあの世が近いからかもしれません。生まれかわったとしてももう宮様とはお会いできないでしょうね。それではあの世に期待しても何の意味もありません。
これほどあっという間にお別れのときがやって来るとは思いもせず、迂闊にものんびりしておりました。悔しいことです」
とお泣きになる。
宮様も御息所との思い出がつぎつぎと浮かんで何もおっしゃることができない。
ただ母君をじっと見つめていらっしゃる。
おとなしいご性格の宮様なので、ご自分から昨夜のことをご説明することなどできず、ひたすら恥ずかしがっておられる。
そのご様子が御息所には愛おしくて、今さら大将様とのことをお尋ねになどなれない。
暗くなってきたので灯りをつけさせて、宮様にお食事をお出しなさる。
昨夜から何も召し上がっていないとお聞きになっていたから、御息所は「少しでも」とお勧めなさるけれど、宮様は食器に触れることもなさらない。
ただ、母君のお具合が少しよさそうでいらっしゃることにほっとなさっていた。
とだけ女房は宮様にお伝えした。
母御息所にお目にかかるために準備をなさる。
涙で乱れたお髪を整え、大将様が引っ張ってほころんでしまったお着物を着替えられたけれど、すぐにご病室に向かおうとはなさらない。
<女房たちは昨夜のことをどう思っているのだろう。母君はまだご存じないだろうけれど、このまま知らん顔でお目にかかって、あとでお聞きになったら、『どうしてあのとき言ってくれなかったのだ、隠し事をするなんて悲しい』とお思いになるだろう>
ご想像なさるだけで恥ずかしくて、また臥せってしまわれる。
「体調が悪い。いっそこのまま死ねたらよいのに」
あれこれお悩みになっているせいで、お体に力が入らないような気がなさる。
女房が脚をさすってさしあげる。
「実は、御息所に昨夜のことをお伝えした人がいたようなのです。先ほど御息所が私に事情をお尋ねになりまして、正直にお話しいたしました。戸の掛け金は掛けてあったと申し上げましたから、もしそのことを宮様にもお尋ねになりましたら、同じようにお答えなされませ」
御息所がひどくお嘆きになっていることはお伝えしない。
<それで母君は私をお呼びになったのか>
宮様は悲しくてお声も出ず、ただ涙が落ちる。
<私が母君をお悲しませしたのは今回が初めてではない。結婚後すぐに夫を亡くして、それからご心配をおかけしつづけている。私など生きていない方がよいのではないか。大将様はまだお諦めにならないだろうから対応に困る。それでも完全に身を任せなかったことだけはよかった>
その一点だけでお心は慰められるけれど、
<しかしそもそも、内親王があんなふうに男に近づかれてしまうなどありえないことだ>
と、ご自分の運命をお嘆きになる。
御息所のご病室にお行きになれないまま夕方になった。
「どうしても今日お越しくださいませ」
と仰せがあったので、やっと宮様は動かれる。
御息所はご病気でお苦しいのに、かしこまって宮様にお会いになる。
「横になったままでは失礼だから」と、無理をしてでも正式な作法をしようとなさるの。
「乱れた格好をしておりますので、わざわざお越しいただいてお目にかかるのも恐れ多いのですが、この二、三日のご無沙汰が何年にも感じられまして。そんなふうに心細く感じるのは、もうあの世が近いからかもしれません。生まれかわったとしてももう宮様とはお会いできないでしょうね。それではあの世に期待しても何の意味もありません。
これほどあっという間にお別れのときがやって来るとは思いもせず、迂闊にものんびりしておりました。悔しいことです」
とお泣きになる。
宮様も御息所との思い出がつぎつぎと浮かんで何もおっしゃることができない。
ただ母君をじっと見つめていらっしゃる。
おとなしいご性格の宮様なので、ご自分から昨夜のことをご説明することなどできず、ひたすら恥ずかしがっておられる。
そのご様子が御息所には愛おしくて、今さら大将様とのことをお尋ねになどなれない。
暗くなってきたので灯りをつけさせて、宮様にお食事をお出しなさる。
昨夜から何も召し上がっていないとお聞きになっていたから、御息所は「少しでも」とお勧めなさるけれど、宮様は食器に触れることもなさらない。
ただ、母君のお具合が少しよさそうでいらっしゃることにほっとなさっていた。



