野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

僧侶(そうりょ)が帰ると、御息所(みやすんどころ)(みや)様の女房(にょうぼう)をお呼びになった。
「ある人からこういう話を聞いた。いったいどういうことなのだ。なぜ私に知らせなかった。宮様と大将(たいしょう)様が深いご関係のようなことを申していたが、私には信じられない」
お気の毒なほどご心配なさっているので、女房は最初からありのままをお話し申し上げた。

「私どもは途中から少し離れたところにおりましたが、今朝届いたお手紙から想像いたしますと、御息所がご心配なさっているようなご関係にはなっていらっしゃらないように思われます。昨夜はきっと、大将様が長年の恋心を(うった)えなさっただけでございましょう。
人目(ひとめ)につかないよう十分用心(ようじん)しておられましたし、夜明け前にご出発なさいましたのに、()ひれをつけて誰かが(みょう)なことを申し上げたようで」
僧侶が見ていたとは思いもしない。
女房の誰かが勝手にご報告したと思い込んでいるの。

御息所は黙りこんでしまわれた。
(くや)しくてほろほろと涙をこぼされる。
拝見している女房は心苦しくなって、
<何もかもお話しするべきではなかった。ご病気でお苦しいのに、さらにおつらくさせてしまった>
と後悔する。

「たしかに大将様はお部屋に入ってしまわれましたが、私が最後に拝見したときは、宮様は戸をきちんと閉めておいでで、()(がね)()かっておりました」
少し嘘をついて、なんとかよいように申し上げるけれど、御息所は震えていらっしゃる。
「そういう問題ではない。お姿を軽率(けいそつ)に見られてしまったというだけでいけないのだ。宮様がどれだけお胸を張っていらしたとしても、僧侶どもが勝手に推測して言いふらすだろう。何もなかったことなど証明しようがない。そなたたちがもっとしっかりしていないから」
最後までおっしゃらないうちに息が苦しくなっていかれる。

宮様を(とうと)内親王(ないしんのう)として気高(けだか)い存在にしておかれたいのに、軽々しい(うわさ)(けが)されてしまわれることをお(なげ)きになる。
「今日は少し具合がよいから、こちらへお越しくださるようお伝えせよ。私が宮様のところに上がるべきだが、動くことはできそうにない。ずいぶん長くお顔を拝見していないような気がする」
涙を浮かべておっしゃった。
母君(ははぎみ)ではいらっしゃるけれど宮様の方を格上としてお(あつか)いなさる。
ここまでお弱りになっても、けっしてそのご態度を(くず)すことはなさらないの。