野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

御息所(みやすんどころ)妖怪(ようかい)に苦しめられて重病だけれど、ご体調に波があって、今日は比較的ご気分がよくていらっしゃる。
お祈りをする僧侶(そうりょ)たちは休憩に下がって、(くらい)の高い僧侶ひとりだけがおそばに残った。
ご気分がよくなったのは自分のお祈りが()いたからだとよろこんでいる。
いかにも僧侶らしい、あっけらかんとした人なので、気になっていることを遠慮なく御息所にお尋ねした。
「そういえば、大将(たいしょう)様はいつからこちらの婿君(むこぎみ)におなりになったのですか」
「まぁ、そうではございませんよ。亡き婿君が、ご親友の大将様にいろいろと遺言(ゆいごん)なさったようで、それで大将様は今でも(みや)様を気にかけてくださっているのです。昨夜も私が病気とお聞きになってお見舞いにお越しくださいましたから、ありがたいことと思っております」

「いやいやいや、私にお隠しなさいますな。明け方前に宮様のお部屋あたりの戸口(とぐち)から大将様が出ていらっしゃいましたよ。『昨夜はこちらにお泊まりになったらしい』と他の僧侶たちも(うわさ)しております。(きり)が深くて私のところからはよく見えませんでしたが、とてもよい香りが(ただよ)ってきましたから、大将様で間違いありませんでしょう。あの方はいつもお着物にすばらしい香りを()きしめておられる。

しかし、宮様がわざわざご再婚なさる必要があったのでしょうか。もちろん大将様はご立派な方ですが、ご正妻(せいさい)の勢力が強すぎる。元太政(だいじょう)大臣(だいじん)様の姫君(ひめぎみ)で、大将様とは従姉弟(いとこ)同士、しかもお子が七、八人いらっしゃる。いくら宮様でもとても(かな)われないでしょう。女が嫉妬(しっと)したりされたりするのは極楽(ごくらく)往生(おうじょう)(さまた)げですからね、ご正妻に(うら)まれるようなことになったら恐ろしい」

「そんなはずはないと存じます。大将様はそのようなそぶりはまったくなさらない方です。昨日の夕方は私の具合があまりに悪うございましたから、夜になれば落ち着くかもしれないとお待ちになっていらしたのでしょう。女房(にょうぼう)がそんなことを申しておりました。結局夜になっても私の体調が落ち着かず、仕方なくお泊まりになっただけではありませんか。あれほど真面目な方でいらっしゃいますもの」
ほんの偶然だろうというようにおっしゃるけれど、お心のなかでは思い当たることもおありになる。

<そういう関係になってしまわれたのかもしれない。たしかにたびたび色めいたことをおっしゃってはいた。しかし、真面目で、世間に非難(ひなん)されることを嫌がりそうなご性格だから、宮様に手出しはなさらないだろうと安心していたのだ。昨夜は私の具合がとくにひどくて、あちらの女房が看病の手伝いにきていた。もしかしたら、人が少なくなったところを見て(しの)びこみなさったのでは>
想像してぞっとなさる。