野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

六条(ろくじょう)(いん)でお手紙を書いてお送りになったけれど、(みや)様はお読みにならない。
昨夜のことを無礼(ぶれい)とも恥ずかしいともお思いになって、お心がざわつく。
母君(ははぎみ)がお聞きになったらどうしよう。お聞きになっていなくても、私の様子が変なことにはお気づきになるかもしれない。そこへ人づてに何かお聞きになったら、『それで様子がおかしかったのか、私に内緒でそのようなことを』とご不快(ふかい)だろう。いっそ女房(にょうぼう)が、昨夜あったことをそのままご報告申し上げてくれないか。それもまたご不快におなりだろうけれど、そちらの方が多少はましだ>

母娘というのはたいてい仲のよいものだけれど、こちらの御息所(みやすんどころ)と宮様は、とくに仲がおよろしいの。
(みかど)のお(きさき)様と内親王(ないしんのう)様でいらっしゃるのに、他の方々におされて華やかなこともなく生きていらっしゃった。
隠し事などせずにお互い支え合ってこられたから、宮様は母君に内緒で大将(たいしょう)様の恋人になろうなどとお思いにならない。

女房たちは御息所にご報告するかどうか相談している。
「私たちが知っていることを正直にご報告しても、御息所はその程度ですんだはずがないとお思いになるでしょう。ご病気でいらっしゃるのに、しかも実際はどこまでのことがあったかはっきりしないのに、さらにお苦しめするようなことをしてはいけませんよ」
と、何も申し上げないことにした。
大将様を宮様から引き離すのを(あきら)めたあと、女房たちは遠慮して少し離れたところに下がったの。
宮様は女房が近くにいたはずだと思っていらっしゃるけれど、実際はあのあと何があったか誰も知らない。

女房たちとしては、今後おふたりがどうなっていかれるかが気になる。
大将様からのお手紙をちらりとでも拝見できればと思うけれど、宮様は包みをお開けにならない。
意地(いじ)を張ってお返事をお書きにならないのは、幼稚(ようち)で子どもっぽく思われましょうから」
と女房はおすすめして、お手紙を広げてしまう。
警戒(けいかい)せず男を近づけてしまったのは私の(あやま)ちだけれど、それにしても思いやりのないお振舞いだったと(くや)しいのだ。『お手紙は読んでいない』とそなたからお返事しておいておくれ」
取り返しのつかない後悔にぐったりしながらおっしゃる。

お手紙は長く、
「私の心はご冷淡(れいたん)なあなたのお(そで)(とど)まっているようです。心だけは思いどおりにならないものだと昔から申しますが、本当にそのとおりですね。行く当てもないままこの恋心はふくらみつづけるのでしょう」
などと優しく書かれている。
宮様を自分のものにしたという書き方ではない。
それなのに宮様はお気の毒なほど(なげ)いていらっしゃるから不思議なの。

「結局昨夜は何が起きたのでしょう。長年ご親切にしてくださっていたことは確かですが、ご結婚となると話は変わってまいりましょうし」
おそばの女房たちは皆で心配している。
御息所はまだ何もご存じない。