野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)

「まだ冷たいことをおっしゃる。(わけ)あり顔で朝帰りなどしたら、それこそ世間は疑うだろうけれど、そうするしかないでしょうね。でもこれだけは覚えておいてください。今回私が大人しく帰ったことで、やれやれこれで終わったとばかりにもう会ってくださらなくなったら、そのときは私は我慢しませんよ。これまでそんなことはしたことがないけれど、思いあまってあなたを傷つけてしまうかもしれない」
すごすごと帰るのは心残りではあるけれど、無理やりというのは本当にできない方でいらっしゃる。
<そんなことをすれば(みや)様にお気の毒だし、自分でも自分が嫌になるだろう>
と、お互いのために(きり)に隠れてお出になる。
お心は(うわ)(そら)だけれど。

朝露(あさつゆ)にも(きり)にも涙にも()れて出ていきましょう。誰がどう見ても恋人の家からの朝帰りですね。しかしあなたがこんな時間に出て行けとおっしゃったのだから仕方がない」
宮様も<いずれ世間の(うわさ)になるのは避けられないだろう>と(あきら)めていらっしゃる。
ただ、どのように噂されたとしても、ご自身に対してだけは胸を張っていたいとお思いになるから、つれないお返事をなさるの。
「おひとりで外泊(がいはく)の噂を立てられていらっしゃればよいのに、私まで(みち)()れにして苦しめようとなさるのはあきれてしまいます」

<あぁ、やはり(ほこ)り高い内親王(ないしんのう)でいらっしゃる>
亡き夫の親切な友人という立場で油断させておいて、突然手のひらを返したような振舞いをしたことを、大将様は気恥ずかしくお思いになる。
その一方で、こう素直に(おお)せに従っていては馬鹿(ばか)を見るのではないかともご心配で、お心をあれこれ乱しながらご出発なさった。