天気……夏の太陽がじりじりと照りつけていて、皮膚がひりひりするほど痛い。一日中、空気中に熱気がむんむん立ち込めていて、頭がぼーっとなって、くらくらする。アスファルトで舗装された町の中は太陽の照り返しが強くて、大通りも路地も、やけどしそうなほど熱くなっている。ぼくが暮らしている翠湖公園の中は、周りを緑の木々に囲まれているので、木陰に入ると、少しひんやりして、町の中よりも暑さがしのぎやすい。そのために涼をとりに公園にやってくる人たちがたくさんいる。翠湖の中にはスイレンの花が、今が盛りとばかりに大きな花を咲かせていて、涼をとりにやってきた人たちの目を楽しませている。
夜が明けるとすぐに、ぼくは団長に会いにいった。
「田舎の環境汚染が改善するまで、あなたたちに、ここにいてほしいという、ぼくの気持ちに変わりはありません。でも客観的に考えると、やはりできるだけ早く田舎に帰ったほうがいいと思います」
ぼくは揺れる気持ちを団長に伝えた。
「おれたちが毎晩歌うので、うるさくて眠ることができないのか?」
団長が聞いた。ぼくは首を横に振った。
「違います。ぼくも妻猫も、あなたたちの合唱を聞くのが大好きです」
ぼくはそう答えた。
「だったら、どうして、そう言うのだ?」
団長は合点がいかないような顔をしていた。
「この町は危険すぎます。お気づきになっていることと思いますが、昨夜、この公園で悲劇が起きました。たくさんのカエルたちが人間に捕まえられていきました。これからもまた、こういった悲劇がこの町にいると起きるかもしれません」
ぼくはそう言った。
「昨夜起きたことは、おれは、むろん知っている。団員たちもみんな知っている。悲鳴を聞いて助けに行こうと思ったが、どうすることもできなかった」
団長が、うつむきながら、そう言った。
「その悲劇が起きた時、ぼくはツヨシ―、いえサカダチ―を捕まえようとした男たちを追って、湖畔を離れていました。そのために気がつかなくて、助けることができませんでした」
申し訳なさそうな声で、ぼくは団長にわびた。
「お前が悪いのではないから気にすることはないよ」
団長がそう言って、ぼくを慰めてくれた。
「あのあと、おれは一晩中寝ないで、田舎に帰るか帰らないかを考えた。でも田舎に帰っても川や池の水は工場からの廃水で汚れているし、田んぼや畑には農薬がまかれているから、危険なのは、田舎も町も変わりがないと思った。せっかく縁あってこの町に来たのだから、ハエやカがたくさんいるこの町で、町の人たちの健康のために微力ながらも貢献しようと思っている。団員たちも、おれの考えを分かってくれた」
団長がそう言った。団長の熱い思いを知って、ぼくには返す言葉がなかった。カエルたちはこの町で不遇な目に遭ったにもかかわらず、町の人たちを憎むどころか、貢献しようとしている。この心意気は敬意に値するし、とても立派で、ぼくには頭が上がらなかった。
団員たちは、それからまもなく、眼鏡橋の上に集まってきて、パートごとに分かれて隊列を組んで、ハエやカの駆除に出かけようとしていた。出発に先立って団長が、パートごとに団員の数を数えていた。すると全体で三十三匹のカエルがいなくなっていることが分かった。ぼくと妻猫がツヨシ―を守ったおかげで、ツヨシ―は無事だったものの、その代償として三十三匹のカエルを守ることができなかった。一方に気を取られると、他方がおろそかになるというが、そのことを、あらためて思い知って、いなくなったカエルたちに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
団長は団員たちの数を数え終えたあと、パートごとに訓示を出して、それぞれの担当地域で全力で害虫の駆除に当たり、夕方になったら、一匹も欠けることなく無事に帰ってくるように言っていた。団員たちはそれからまもなく、パートごとに公園から出ていって、それぞれの担当地域へ害虫の駆除に向かい始めた。団員たちは高らかな声で歌いながら、威風堂々と歩いていた。その姿を、ぼくは公園の中から温かい目でじっと見守っていた。するとそれからしばらくしてから、老いらくさんがやってきた。
「あれっ、笑い猫、今日はどうしてついていかないのか。低音部のカエルたちも出ていったから、今日もツヨシ―をしっかり守ってあげようよ」
老いらくさんが、そう言った。
「昨夜の失敗を繰り返してはいけないと思って、今日はどうするか、今、考えているところです」
ぼくはそう答えた。
「そうか」
老いらくさんがうなずいた。
「ツヨシ―のことも気になりますが、今日はまず、昨夜、捕まえられたカエルたちを探しにいくことにします」
ぼくは、そう答えた。
「そうか。分かった。でもツヨシ―は大丈夫なのか?」
老いらくさんが、そう言った。
「ツヨシ―を捕まえようとしたリキシーとオカマーは、ぼくと妻猫で昨夜、半殺しにしたので、今はまだ痛がっていて、ベッドの中で寝ているはずです」
ぼくは、そう答えた。
「分かった。ではわしも今日はお前といっしょに昨夜いなくなったカエルたちを探しに行くことにしよう。でもどこへ探しにいったらいいのだろうか」
老いらくさんがそう言った。ぼくはそれを聞いて、しばらく考えてから
「グルメ街へ連れていってください」
とお願いした。
「どうしてだ」
老いらくさんが聞き返した。
「この国ではカエルの肉を食べる習慣があるので、昨夜、カエルを捕まえた人たちは、もしかしたらカエルが入った袋をグルメ街に持っていって売ったかもしれないと思ったからです」
ぼくは理由を説明した。
「分かった。わしはこの町のことはよく知っているので、グルメ街がどこにあるかも知っている」
老いらくさんが、そう答えた。老いらくさんはそれからまもなく、ぼくを連れて翠湖公園を出て、町の中に入っていった。大通りを幾つか渡ってから小さな路地に入り、路地の突き当りを右に曲がったところで、老いらくさんが足をとめて
「ここが有名なグルメ街だ」
と言った。確かに大小さまざまのレストランが通りの両側にずらりと並んでいた。着いた時は朝の十時前後だったので、まだ開店前で、通りに人影はほとんどなくて、ひっそりとしていた。
「店は何時に開くのですか?」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「どの店も十二時にオープンする」
老いらくさんがそう答えた。
「今はまだ開店前だが、店の厨房の中ではもうすでに準備が始まっている。料理人たちが肉や魚を切ったり、野菜を煮たりして忙しく立ち働いている」
老いらくさんがそう言った。それを聞いて、ぼくの脳裏に、昨夜、翠湖公園で捕まえられたカエルたちのことが浮かんできて、ぞっとした。
「もしかしたら、あのカエルたちも、まな板の上で切られたりしているのでしょうか?」
ぼくは恐る恐る、老いらくさんに聞いた。
「いや、今はまだ、いけすの中に入れられていて、お客さんから注文があってから取り出されて調理されると思う。そのほうが新鮮で柔らかくておいしい肉料理が出せるからだ」
老いらくさんが、そう言った。ぼくは、それを聞いて、いくぶん、ほっとした。でも油断はならない。久しぶりに手に入ったカエルを調理してお客さんに出す前に、どんな味がするのか確かめるために、注文が入る前に試食する料理人がいるかもしれないからだ。
「いけすはどこにありますか?」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「厨房の中にある」
老いらくさんが、そう答えた。
「分かりました。ぼくをそこへ連れていくことができますか?」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「できるよ。わしは、どこでも行けないところはないから」
老いらくさんが胸を張って、そう答えた。
それからまもなく、ぼくは老いらくさんのあとからついていって、あるレストランの裏口から中にそっと入っていくことができた。厨房の中に、いけすがあって、その中に生きた魚といっしょにカエルが七匹泳いでいるのが見えた。
(あ、やっぱり、ここにカエルがいた)
そう思った瞬間、ぼくは人に見つかってしまった。
「あっ、猫だ。ネズミもいる。どこから入ってきたのだ」
びっくりして、その人は、ひどく不快そうな顔をしながら、ほうきを持って追いかけてきた。ぼくと老いらくさんは慌てて、レストランの外へ逃げだした。
そのあと、ぼくは老いらくさんのあとについて、別のレストランへ裏口から、そっと入っていった。このレストランの厨房には、中年の男が一人と若い女が一人いた。中年の男は慣れた手さばきで魚の内臓を切り取っていた。若い女は柳のようにほっそりした手で、キャベツの芯を切り取っていた。ぼくと老いらくさんが思いがけず入ってきたことに、若い女が気がついて、びっくりしたような顔をしていた。でも、ぼくが、にっこり笑みを浮かべると
「あら、この猫かわいい」
と言って、追い出すことはしなかった。
「あら、ネズミもいる」
若い女はそう言って、老いらくさんを見て、今度は追い出そうとしていた。老いらくさんはそれに気がついて、あたふたしながら、厨房の外へ逃げていった。若い女は、ほうきを持って老いらくさんのあとを追っていた。中年の男は魚の内臓を切り取ることに夢中になっていたので、ぼくにも老いらくさんにも目をくれなかった。そのすきに、ぼくは厨房の中を見まわした。すると大きな水がめがあって、その上に網蓋がかぶせてあるのが目に入った。水がめの中で、何かが、ぱちゃぱちゃと動いている音も聞こえた。
(カエルかもしれない)
ぼくはそう思ったので、網蓋の上に飛び上がって、水がめの中を見た。するとやはり、ぼくが思っていた通りに、水がめの中にカエルが五匹入っていて、外に出ようと思って、必死になってもがいているのが見えた。ぼくはそれを見て、ありったけの力を出して、網蓋を取った。すると網蓋が床に落ちて、がらっと音がした。その音に中年の男が気がついて
「李、早く、あの猫を捕まえろ」
と、大声で叫んだ。その声を聞いて、老いらくさんを追いかけていた若い女が厨房に戻ってきた。ぼくは慌てて厨房を出て、裏口からさっと外へ逃げていった。老いらくさんも、ぼくのすぐあとから走って逃げてきた。
「まったくもう、お前は、そそっかしいのだから。何かをしようと思ったら、もっと注意深くやらなければいけない」
老いらくさんが息を切らしながら、ぼくにそう諭した。
カエルたちがレストランの厨房に閉じ込められていて危機に瀕していることが分かったので、ぼくの気持ちは平穏ではいられなかった。二つのレストランに行って、どちらも救出に失敗したので、ぼくは自信を失いかけていたが、それでも何とかしなければと思った。
「これからどうしたらいいのでしょうか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。老いらくさんは思案をめぐらしていた。
「これくらいの失敗でめげてはだめだ。このグルメ街には、ほかにもまだたくさんレストランがあるので、一軒一軒、しらみつぶしに回って、地道に救出活動を続けることが肝要だ。わしはそう思っている」
老いらくさんがそう言った。ぼくはうなずいた。
ぼくと老いらくさんは、そのあと七、八軒のレストランの厨房に、裏口からこっそり忍び込んで、カエルがいないかどうか見て回った。そのうちの五軒のレストランの厨房にいけすがあって、生きた魚といっしょにカエルがいるのが確認できた。いけすの上に蓋がかぶせてあったので、カエルは外へ逃げ出すことができないでいた。あるレストランの厨房に入った時、三匹のカエルがもうすでに、いけすの中から出されて、まな板の上に載せられて、ひもで縛られていた。カエルたちは必死になって、ひもを解いて逃げようとしていた。でもひもがとてもきつかったので、カエルたちはひもを解いて逃げることができないでいた。まな板の前には中年の料理人が包丁を持って立っていた。死の危機に瀕しているカエルを見て、ぼくは居ても立ってもいられなくなった。
ぼくは興奮して、料理人の右足に飛びかかり、激しくかみついた。
「あいてててててー」
料理人の男が、悲鳴をあげながら、ぼくを手で振り払おうとしていた。しかしぼくは強くかんだまま、足を離さなかった。
「くそー、この猫、どこから入ってきたのだ。ただではすまないからな」
料理人はそう言って、鬼のような形相で、ぼくを激しくののしった。そのあと料理人は持っていた包丁を振り回して、ぼくを威嚇した。ぼくはそれでもひるまずに、鋭い視線でにらみながら、薄気味悪い声を出して、ずっとかみ続けていた。その場面を若いウェイトレスがスマートフォンで写真に撮っていた。ぼくが料理人と対峙しているすきに、老いらくさんがカエルたちを縛っているひもをかみ切って、カエルたちを解放することに成功した。その瞬間、ぼくは料理人の足を離して、カエルたちに
「早く、逃げろ」
と叫ぶように言った。カエルたちは、それを聞いて、勢いよく飛び跳ねながら、厨房から出て、裏口から外へ出ていった。料理人がカエルたちを追いかけているのを見て、ぼくは再び料理人に飛びかかっていって、激しくかみついた。ぼくに邪魔された料理人は仕方なく追いかけるのをあきらめてレストランへ、すごすごと戻っていった。
危機一髪のところを、かろうじて助かったカエルたちは、翠湖公園をめざして、ひたすら走っていった。ぼくと老いらくさんがカエルたちの前後を走り、道を誘導したり、撤退を援護しながら、無事に翠湖公園までカエルたちを連れて帰ることができた。ぼくと老いらくさんは、ほっとしていた。カエルたちは、ぼくと老いらくさんに感謝してから、ハスの葉が茂っている湖の中に次々と飛び込んでいった。
夜が明けるとすぐに、ぼくは団長に会いにいった。
「田舎の環境汚染が改善するまで、あなたたちに、ここにいてほしいという、ぼくの気持ちに変わりはありません。でも客観的に考えると、やはりできるだけ早く田舎に帰ったほうがいいと思います」
ぼくは揺れる気持ちを団長に伝えた。
「おれたちが毎晩歌うので、うるさくて眠ることができないのか?」
団長が聞いた。ぼくは首を横に振った。
「違います。ぼくも妻猫も、あなたたちの合唱を聞くのが大好きです」
ぼくはそう答えた。
「だったら、どうして、そう言うのだ?」
団長は合点がいかないような顔をしていた。
「この町は危険すぎます。お気づきになっていることと思いますが、昨夜、この公園で悲劇が起きました。たくさんのカエルたちが人間に捕まえられていきました。これからもまた、こういった悲劇がこの町にいると起きるかもしれません」
ぼくはそう言った。
「昨夜起きたことは、おれは、むろん知っている。団員たちもみんな知っている。悲鳴を聞いて助けに行こうと思ったが、どうすることもできなかった」
団長が、うつむきながら、そう言った。
「その悲劇が起きた時、ぼくはツヨシ―、いえサカダチ―を捕まえようとした男たちを追って、湖畔を離れていました。そのために気がつかなくて、助けることができませんでした」
申し訳なさそうな声で、ぼくは団長にわびた。
「お前が悪いのではないから気にすることはないよ」
団長がそう言って、ぼくを慰めてくれた。
「あのあと、おれは一晩中寝ないで、田舎に帰るか帰らないかを考えた。でも田舎に帰っても川や池の水は工場からの廃水で汚れているし、田んぼや畑には農薬がまかれているから、危険なのは、田舎も町も変わりがないと思った。せっかく縁あってこの町に来たのだから、ハエやカがたくさんいるこの町で、町の人たちの健康のために微力ながらも貢献しようと思っている。団員たちも、おれの考えを分かってくれた」
団長がそう言った。団長の熱い思いを知って、ぼくには返す言葉がなかった。カエルたちはこの町で不遇な目に遭ったにもかかわらず、町の人たちを憎むどころか、貢献しようとしている。この心意気は敬意に値するし、とても立派で、ぼくには頭が上がらなかった。
団員たちは、それからまもなく、眼鏡橋の上に集まってきて、パートごとに分かれて隊列を組んで、ハエやカの駆除に出かけようとしていた。出発に先立って団長が、パートごとに団員の数を数えていた。すると全体で三十三匹のカエルがいなくなっていることが分かった。ぼくと妻猫がツヨシ―を守ったおかげで、ツヨシ―は無事だったものの、その代償として三十三匹のカエルを守ることができなかった。一方に気を取られると、他方がおろそかになるというが、そのことを、あらためて思い知って、いなくなったカエルたちに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
団長は団員たちの数を数え終えたあと、パートごとに訓示を出して、それぞれの担当地域で全力で害虫の駆除に当たり、夕方になったら、一匹も欠けることなく無事に帰ってくるように言っていた。団員たちはそれからまもなく、パートごとに公園から出ていって、それぞれの担当地域へ害虫の駆除に向かい始めた。団員たちは高らかな声で歌いながら、威風堂々と歩いていた。その姿を、ぼくは公園の中から温かい目でじっと見守っていた。するとそれからしばらくしてから、老いらくさんがやってきた。
「あれっ、笑い猫、今日はどうしてついていかないのか。低音部のカエルたちも出ていったから、今日もツヨシ―をしっかり守ってあげようよ」
老いらくさんが、そう言った。
「昨夜の失敗を繰り返してはいけないと思って、今日はどうするか、今、考えているところです」
ぼくはそう答えた。
「そうか」
老いらくさんがうなずいた。
「ツヨシ―のことも気になりますが、今日はまず、昨夜、捕まえられたカエルたちを探しにいくことにします」
ぼくは、そう答えた。
「そうか。分かった。でもツヨシ―は大丈夫なのか?」
老いらくさんが、そう言った。
「ツヨシ―を捕まえようとしたリキシーとオカマーは、ぼくと妻猫で昨夜、半殺しにしたので、今はまだ痛がっていて、ベッドの中で寝ているはずです」
ぼくは、そう答えた。
「分かった。ではわしも今日はお前といっしょに昨夜いなくなったカエルたちを探しに行くことにしよう。でもどこへ探しにいったらいいのだろうか」
老いらくさんがそう言った。ぼくはそれを聞いて、しばらく考えてから
「グルメ街へ連れていってください」
とお願いした。
「どうしてだ」
老いらくさんが聞き返した。
「この国ではカエルの肉を食べる習慣があるので、昨夜、カエルを捕まえた人たちは、もしかしたらカエルが入った袋をグルメ街に持っていって売ったかもしれないと思ったからです」
ぼくは理由を説明した。
「分かった。わしはこの町のことはよく知っているので、グルメ街がどこにあるかも知っている」
老いらくさんが、そう答えた。老いらくさんはそれからまもなく、ぼくを連れて翠湖公園を出て、町の中に入っていった。大通りを幾つか渡ってから小さな路地に入り、路地の突き当りを右に曲がったところで、老いらくさんが足をとめて
「ここが有名なグルメ街だ」
と言った。確かに大小さまざまのレストランが通りの両側にずらりと並んでいた。着いた時は朝の十時前後だったので、まだ開店前で、通りに人影はほとんどなくて、ひっそりとしていた。
「店は何時に開くのですか?」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「どの店も十二時にオープンする」
老いらくさんがそう答えた。
「今はまだ開店前だが、店の厨房の中ではもうすでに準備が始まっている。料理人たちが肉や魚を切ったり、野菜を煮たりして忙しく立ち働いている」
老いらくさんがそう言った。それを聞いて、ぼくの脳裏に、昨夜、翠湖公園で捕まえられたカエルたちのことが浮かんできて、ぞっとした。
「もしかしたら、あのカエルたちも、まな板の上で切られたりしているのでしょうか?」
ぼくは恐る恐る、老いらくさんに聞いた。
「いや、今はまだ、いけすの中に入れられていて、お客さんから注文があってから取り出されて調理されると思う。そのほうが新鮮で柔らかくておいしい肉料理が出せるからだ」
老いらくさんが、そう言った。ぼくは、それを聞いて、いくぶん、ほっとした。でも油断はならない。久しぶりに手に入ったカエルを調理してお客さんに出す前に、どんな味がするのか確かめるために、注文が入る前に試食する料理人がいるかもしれないからだ。
「いけすはどこにありますか?」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「厨房の中にある」
老いらくさんが、そう答えた。
「分かりました。ぼくをそこへ連れていくことができますか?」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「できるよ。わしは、どこでも行けないところはないから」
老いらくさんが胸を張って、そう答えた。
それからまもなく、ぼくは老いらくさんのあとからついていって、あるレストランの裏口から中にそっと入っていくことができた。厨房の中に、いけすがあって、その中に生きた魚といっしょにカエルが七匹泳いでいるのが見えた。
(あ、やっぱり、ここにカエルがいた)
そう思った瞬間、ぼくは人に見つかってしまった。
「あっ、猫だ。ネズミもいる。どこから入ってきたのだ」
びっくりして、その人は、ひどく不快そうな顔をしながら、ほうきを持って追いかけてきた。ぼくと老いらくさんは慌てて、レストランの外へ逃げだした。
そのあと、ぼくは老いらくさんのあとについて、別のレストランへ裏口から、そっと入っていった。このレストランの厨房には、中年の男が一人と若い女が一人いた。中年の男は慣れた手さばきで魚の内臓を切り取っていた。若い女は柳のようにほっそりした手で、キャベツの芯を切り取っていた。ぼくと老いらくさんが思いがけず入ってきたことに、若い女が気がついて、びっくりしたような顔をしていた。でも、ぼくが、にっこり笑みを浮かべると
「あら、この猫かわいい」
と言って、追い出すことはしなかった。
「あら、ネズミもいる」
若い女はそう言って、老いらくさんを見て、今度は追い出そうとしていた。老いらくさんはそれに気がついて、あたふたしながら、厨房の外へ逃げていった。若い女は、ほうきを持って老いらくさんのあとを追っていた。中年の男は魚の内臓を切り取ることに夢中になっていたので、ぼくにも老いらくさんにも目をくれなかった。そのすきに、ぼくは厨房の中を見まわした。すると大きな水がめがあって、その上に網蓋がかぶせてあるのが目に入った。水がめの中で、何かが、ぱちゃぱちゃと動いている音も聞こえた。
(カエルかもしれない)
ぼくはそう思ったので、網蓋の上に飛び上がって、水がめの中を見た。するとやはり、ぼくが思っていた通りに、水がめの中にカエルが五匹入っていて、外に出ようと思って、必死になってもがいているのが見えた。ぼくはそれを見て、ありったけの力を出して、網蓋を取った。すると網蓋が床に落ちて、がらっと音がした。その音に中年の男が気がついて
「李、早く、あの猫を捕まえろ」
と、大声で叫んだ。その声を聞いて、老いらくさんを追いかけていた若い女が厨房に戻ってきた。ぼくは慌てて厨房を出て、裏口からさっと外へ逃げていった。老いらくさんも、ぼくのすぐあとから走って逃げてきた。
「まったくもう、お前は、そそっかしいのだから。何かをしようと思ったら、もっと注意深くやらなければいけない」
老いらくさんが息を切らしながら、ぼくにそう諭した。
カエルたちがレストランの厨房に閉じ込められていて危機に瀕していることが分かったので、ぼくの気持ちは平穏ではいられなかった。二つのレストランに行って、どちらも救出に失敗したので、ぼくは自信を失いかけていたが、それでも何とかしなければと思った。
「これからどうしたらいいのでしょうか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。老いらくさんは思案をめぐらしていた。
「これくらいの失敗でめげてはだめだ。このグルメ街には、ほかにもまだたくさんレストランがあるので、一軒一軒、しらみつぶしに回って、地道に救出活動を続けることが肝要だ。わしはそう思っている」
老いらくさんがそう言った。ぼくはうなずいた。
ぼくと老いらくさんは、そのあと七、八軒のレストランの厨房に、裏口からこっそり忍び込んで、カエルがいないかどうか見て回った。そのうちの五軒のレストランの厨房にいけすがあって、生きた魚といっしょにカエルがいるのが確認できた。いけすの上に蓋がかぶせてあったので、カエルは外へ逃げ出すことができないでいた。あるレストランの厨房に入った時、三匹のカエルがもうすでに、いけすの中から出されて、まな板の上に載せられて、ひもで縛られていた。カエルたちは必死になって、ひもを解いて逃げようとしていた。でもひもがとてもきつかったので、カエルたちはひもを解いて逃げることができないでいた。まな板の前には中年の料理人が包丁を持って立っていた。死の危機に瀕しているカエルを見て、ぼくは居ても立ってもいられなくなった。
ぼくは興奮して、料理人の右足に飛びかかり、激しくかみついた。
「あいてててててー」
料理人の男が、悲鳴をあげながら、ぼくを手で振り払おうとしていた。しかしぼくは強くかんだまま、足を離さなかった。
「くそー、この猫、どこから入ってきたのだ。ただではすまないからな」
料理人はそう言って、鬼のような形相で、ぼくを激しくののしった。そのあと料理人は持っていた包丁を振り回して、ぼくを威嚇した。ぼくはそれでもひるまずに、鋭い視線でにらみながら、薄気味悪い声を出して、ずっとかみ続けていた。その場面を若いウェイトレスがスマートフォンで写真に撮っていた。ぼくが料理人と対峙しているすきに、老いらくさんがカエルたちを縛っているひもをかみ切って、カエルたちを解放することに成功した。その瞬間、ぼくは料理人の足を離して、カエルたちに
「早く、逃げろ」
と叫ぶように言った。カエルたちは、それを聞いて、勢いよく飛び跳ねながら、厨房から出て、裏口から外へ出ていった。料理人がカエルたちを追いかけているのを見て、ぼくは再び料理人に飛びかかっていって、激しくかみついた。ぼくに邪魔された料理人は仕方なく追いかけるのをあきらめてレストランへ、すごすごと戻っていった。
危機一髪のところを、かろうじて助かったカエルたちは、翠湖公園をめざして、ひたすら走っていった。ぼくと老いらくさんがカエルたちの前後を走り、道を誘導したり、撤退を援護しながら、無事に翠湖公園までカエルたちを連れて帰ることができた。ぼくと老いらくさんは、ほっとしていた。カエルたちは、ぼくと老いらくさんに感謝してから、ハスの葉が茂っている湖の中に次々と飛び込んでいった。

