天気……昼間は晴れていたが、日が暮れると曇ってきた。空一面に雲が広がり、月が、雲の中から顔を出したり隠れたりしながら、ゆっくりと動いていた。
今夜の夕食は、いつも以上に豪華だった。昼間、杜真子や、馬小跳や、馬小跳の友だちがやってきて、ぼくと妻猫に、いろいろな食べ物を持ってきてくれたからだ。杜真子はキャットフードを持ってきてくれた。馬小跳はミニトマトを持ってきてくれた。唐飛は干しビーフを持ってきてくれた。張達は煮干しを持ってきてくれた。毛超はクルミを持ってきてくれた。これらの食べ物には、炭水化物やたんぱく質や脂質が多く含まれているので、バランスよく取ることで健康を維持できる。ビタミンやカルシウムも豊富に含まれているので、ぼくも妻猫もとてもありがたく思いながら、夕食をいただいていた。
「今日は、久しぶりに、子どもたちがやってきたから、とてもうれしかったわ」
妻猫がそう言った。
「そうだね。最近はみんな宿題が忙しくて、公園に来る時間が、なかなか取れないのかもしれないね」
ぼくはそう答えた。
「今日、ここへ来たのは、たまたまでしょうか。それとも何か、わけがあって来たのでしょうか」
妻猫が聞いた。
「もしかしたら、テレビや新聞で、カエルたちが、この公園を根城として、この町の害虫を駆除していることを知って、カエルたちを見にきたのかもしれない」
ぼくはそう言った。
「だとしたら、とても残念だったわね。子どもたちがここへ来た時には、カエルたちはもうみんな駆除に出かけていて、姿を見ることができなかったら」
妻猫がそう言った。
「そうだね」
ぼくはあいづちを打った。
「あれっ、お父さん、何か心配事でもあるの?」
ぼくが上の空で返事をしたのに気がついて、妻猫がそう聞いた。
「カエルたちの中に、後ろ足がなくて、前足で逆立ちをしながら歩いているカエルがいるので、そのカエルのことを心配しているのだ」
ぼくはそう答えた。すると妻猫は不可解な顔をしながら
「立派なカエルなのに、お父さんは、どうしてそのカエルのことを心配しているのですか」
と聞いた。
「目立つカエルなので、そのカエルに目をつけて、捕まえようとした二人組の男がいたからだ」
ぼくはそう答えた。それを聞いて、妻猫はびっくりしたような顔をしていた。
「どうしてそんなことをするのでしょうか。そのカエルは障害にもめげないで、懸命に駆除に当たっていたのでしょう?」
妻猫がけげんそうな顔をしていた。
「人間にはよい人間もいれば悪い人間もいる。そのカエルはテレビや新聞で話題になっていたので、捕まえて、お金儲けの手段としようとしているのかもしれない」
ぼくはそう答えた。
「そうですか。ひどい人もいるのですね」
妻猫は顔を曇らせていた。
「そうだね。ぼくは命を張ってでも、そのカエルを悪い人間から守ってあげることにした」
ぼくは決然とした気持ちを妻猫に伝えた。
「正義感に燃えるお父さんらしくて、感心するわ」
妻猫がそう言った。
「ありがとう。お母さんに分かってもらえて、ぼくはうれしいよ」
ぼくは妻猫に、そう答えた。
「お父さんばかりを危ない目に遭わせるわけにはいかないから、わたしも何かして、お父さんを手伝ってあげたいわ」
妻猫がそう言った。それを聞いて、ぼくは思わず、ほろりとした。ぼくと妻猫は相思相愛の夫婦だと以前からずっと思っていたが、妻猫がぼくに力を貸して、どんな危険もいとわないでいることを知って、妻猫の優しさに、あらためて感動させられた。
「あの奇形ガエルが二人組に捕まえられそうになった時、ぼくと親友は、その二人組に襲いかかって、奇形ガエルを助けてあげた。でも、その二人組は奇形ガエルを捕まえることをまだあきらめていないかもしれない。もしかしたら、今晩、その二人組はこの翠湖公園にやってきて、また捕まえようとするかもしれない。あいつらを見かけたら絶対に、カエルたちに近づけてはならない」
ぼくは妻猫にそう言った。
「分かりました。わたしも協力します」
妻猫が快く、そう言った。
「ありがとう」
ぼくはそう答えた。
ぼくと妻猫は、それからまもなく、うちを出て、湖畔沿いに歩き始めた。日はもうすでに暮れていて、空には黒い雲が広くかかっていた。雲のすき間からは月が見えたり隠れたりしていた。カエルたちはもうすでに今日の仕事を終えて、翠湖公園に帰ってきていて、パートごとに分かれて、合唱の練習をしていた。
「何て、きれいな合唱なのでしょう」
妻猫は、うっとりした顔をしながら、そう言って、カエルたちの合唱に酔いしれていた。
「そうだね。こんな素晴らしい合唱を聞けるぼくたちはしあわせだね」
ぼくはそう答えた。
「そうですね。カエルたちには、これからもずっとここにいてほしいわ」
妻猫がそう言った。
「ぼくも、できたらそう思っています。でもカエルたちにとって、やはり、ここはあくまでも一時的な仮の住まい。カエルたちは生まれ育った田舎をけっして忘れることはないと思います。そしていつかきっと田舎へ帰っていくと思います」
ぼくはそう答えた。
「確かにそうですね。カエルたちの故郷は田舎だし、田んぼや畑で害虫を駆除することが、本来の仕事ですからね」
妻猫が寂しそうにそう言った。
翠湖公園は今までは、日が落ちると、人影もまばらになっていた。しかし、カエルたちがここに来てからは、様子が一変した。三つのパートに分かれて、美しい声で歌うカエルたちの合唱を聞くためにくる人たちがたくさんいたからだ。いい人ばかりだったら何も心配はいらない。しかしいい人に紛れて、あの二人組のように悪いことをたくらんでいるやつが、秘かにやって来ないとも限らない。人が多くなればなるほど、いい人と悪い人を見分けるのが難しくなってきた。ぼんやりとしか見えない夜景の中で人の表情や動きはとても見にくかった。しかしそれでも、ぼくは目を光らせながら、人の表情や動きをじっと監視していた。妻猫も協力してくれたので、ぼくはとても心強く感じた。妻猫はとても情緒的な猫なので、美しいものを聞くと、思わず我を忘れることがよくある。でも今は違っていた。ぼくが命がけでカエルたちを守っていることを知って、冷静な目で、不審人物がいないかどうか、あたりを、きょろきょろ見回していた。
それからまもなく、聞き覚えのある声を耳にした。
「ボス、ツヨシ―は、どこにいるのでしょうか?」
「おれにもよく分からないが、どこかにいるはずだ。今度こそ捕まえてやる」
その会話は、間違いなく、オカマ―とリキシーだった。
やはり、ぼくが思っていたとおり、オカマ―とリキシーは、性懲りもなく今度はこの翠湖公園にやってきて、ツヨシ―を捕まえようとしていた。
(あいつらの意のままには絶対にさせない)
オカマーとリキシーの声を聞いて、ぼくは固くそう思った。
オカマーとリキシーの姿が見えてきた。オカマーは懐中電灯で前方を照らしながら、細い足でなよなよと歩いていた。リキシーは鳥かごを持っていて、太い足でふてぶてしく歩いていた。オカマーは懐中電灯の光を、歌っているカエルたちに向けた。まぶしいほどの光が体全体に当てられて、カエルたちはとてもまばゆそうにしていた。
「ボス、ツヨシ―はいません。前足が片方欠けているカエルならいます」
オカマーがリキシーにそう言っていた。オカマーが懐中電灯で照らしていたのは、中音部のカエルたちが歌っている場所だった。
リキシーはオカマーの声を聞いて、いらいらしたような声で
「おれに懐中電灯を貸せ」
と言って、太い腕でオカマーから、懐中電灯をひったくった。リキシーは別の方向を照らした。そこは低音部のカエルたちが歌っている場所だった。前から二番目にツヨシ―の姿があった。逆立ちをして歌っているので、リキシーの目にすぐにツヨシ―の姿が入った。
「いたぞ。ここにいたぞ」
リキシーが興奮気味に、そう言った。
「今度こそ、逃がすものか」
リキシーがいきりたっていた。
「ええ、絶対に捕まえましょう」
オカマーが、そう答えていた。
リキシーとオカマーはそれからまもなく、抜き足差し足で、ツヨシ―の方に近づいていった。それを見て、ぼくは、居ても立ってもいられなくなった。妻猫も目をつりあげて怒っていた。
(お前たちの思うままには絶対にさせないからな)
ぼくはそう思いながら、勢いよく走っていって、思い切りジャンプして、リキシーの左腕に激しくかみついた。
「あいてててー」
暗闇の中から、ぼくがいきなり飛び出してきて激しくかみついたので、リキシーはびっくりして悲鳴をあげて、左手に持っていた懐中電灯を地面に落とした。懐中電灯はころころと転がっていって、湖の中に、ぽとんと落ちた。妻猫も鬼のような形相で、オカマーに向かっていった。前足の爪を伸ばして、勢いよくジャンプして、オカマーの顔をひっかいた。
「キャー、痛い」
オカマーは女のような声で悲鳴をあげた。
リキシーとオカマーがひるんだのを見て、今が勝機だとばかりにぼくは身の毛もよだつような恐ろしい声を出して、威嚇した。それを見て、リキシーもオカマーも、ぎょっとして、懸命に逃げ始めた。ぼくは必死に追っていった。妻猫も、ぼくのあとから追ってきた。リキシーとオカマーは翠湖公園の一番端にある、辺鄙で静かな楠林の中まで逃げていった。ぼくと妻猫は、しつように追いかけていった。リキシーもオカマーも息があがっていて、もうそれ以上、逃げることができなくなっていた。そして地面にばたんと倒れて死んだふりをしていた。
(今日はこれくらいで勘弁しておこう)
ぼくはそう思った。それからまもなく、ぼくは妻猫といっしょに、勝ち誇ったような表情をしながら意気揚々と、うちへ帰り始めた。
翠湖の湖畔まで戻ってきた時、カエルたちの合唱はもうすでに終わっていた。しかし人影はまだ残っていて、暗闇の中で、ゆらゆらと動いていた。ぼくと妻猫は人影を見ながら、うちへと急いでいた。するとその時
「笑い猫」
と、呼びかける声が暗闇の中から聞こえてきた。老いらくさんの声だった。
妻猫はそれを聞いて
「あら、ネズミがいる」
と言った。妻猫にはネズミの言葉は分からないが、ネズミの声は分かる。
「あっ、本当だ。ぼくが退治してくるから、お母さんは一足先にうちへ帰って、疲れをゆっくり取ってください」
ぼくは妻猫に、そう言った。
「分かりました」
妻猫はそう言って、うちへ帰っていった。妻猫の姿が見えなくなってから、ぼくは、かりかりしながら、老いらくさんを叱責した。
「まったくもう、どうして、ぼくが妻猫といっしょにいる時に声をかけるのですか。暗闇で姿が見えなかったからよかったものの、昼間だったら、妻猫が老いらくさんを捕まえて食べていたかもしれませんよ。猫にとってネズミは大好物ですから」
ぼくはそう言った。それを聞いて老いらくさんは
「ごめん、ごめん」
と言って、申し訳なさそうな顔をしていた。
「何か急用でもあったのですか」
ぼくは聞き返した。
「大変なことが起きたので、早くお前に知らせなければと思って、さっきからずっとお前を探していたのだ。一体、どこに行っていたのだ?」
老いらくさんが聞いた。
「ツヨシ―を捕まえようとした悪い男がいたので、妻猫といっしょに公園の端にある楠林まで追いかけていった」
ぼくはそう説明した。
「そうか。分かった。それで、その男はどうなったのか?」
老いらくさんが聞いた。
「妻猫といっしょに、やっつけることができました」
ぼくはそう答えた。
「そうか、それはよかった」
老いらくさんがほっとしたような表情をしていた。
「老いらくさんは、さっき大変なことがあったと、おっしゃいましたが、一体何が起きたのですか?」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「夜にもかかわらず、公園の中は人が多くて、わしは何度も踏まれそうになった」
老いらくさんが、そう言った。
「そうですか。それは大変でしたね。マスコミで取り上げられたカエルたちが、夜になると、ここで美しい歌を歌っているから聞きに来ている人が多いのだと思います。踏まれないように気をつけてください」
ぼくは老いらくさんに、そう言った。
「ありがとう。以後、気をつけるよ」
老いらくさんがそう答えた。
「でもわしがさっき言った大変なことが起きたと言うのは、そのことではない。カエルたちにとって深刻な事態が発生したのだ。事態が緊迫しているので、お前が妻猫と別れるまで、悠長に待っていられなかったのだ」
老いらくさんが、そう言った。
「何があったのですか」
ぼくは気がせいていた。
「ここに最近来るようになった人の中には、カエルの合唱を聞くためではなくて、別の目的で来る人が何人もいることに、わしは気がついたのだ」
老いらくさんが顔の表情を曇らせながらそう言った。
「どういうことですか?」
ぼくはけげんに思って、聞き返した。
「その人たちは袋を持っていて、カエルを捕まえて、その袋の中に入れていた」
ぼくはそれを聞いて、がくぜんとした。ぼくと妻猫が、リキシーとオカマーを追って湖畔を離れているすきに、そのような悲劇が起きていたとは、思ってもいなかった。一方に気を取られると他方がおろそかになるというが、まさかその通りのことが実際に起きていたとは、まったく心外の至りだったので、ぼくは失意に深く沈んでいた。
「その人たちは、それからどうしたのですか?」
ぼくは青ざめた顔で聞き返した。
「袋の中でもがいているカエルを手に提げて、にたにた笑いながら、公園を出ていった」
老いらくさんがそう言った。
「それからどうしたのですか?」
「公園の駐車場に止めていた車に乗って、どこかへ行ってしまった」
「……」
ぼくには返す言葉がなかった。ぼくはこれまで人をあまりにもよく思い過ぎていた。リキシーとオカマーのような悪いやつがいるのはむろん知っていたので、それなりに警戒はしていたが、大部分の人は、いい人だと思っていた。そんなぼくの予想を裏切るような不法な行為をされたことに対して、ぼくは強い憤りを覚えていた。ぼくはカエルたちに対して申し訳ない思いでいっぱいだった。人の中にはどうして、そんなひどいことをする人がいるのだろうか。昼間は害虫を駆除するために、かいがいしく働いて、夜になると、きれいな音楽を聞かせてくれるカエルたちを捕まえた人の気が知れなかった。ぼくは老いらくさんに思いのすべてをぶちまけた。すると老いらくさんは、ぼくを慰めるような声で
「人間の心の中には、よこしまなところがあるから、そういう悪いやつもいるさ」
と言った。
「人の性質は生まれつき悪だと思っているのですか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「わしは、そう思っている。人の心は貪欲で飽くことを知らない。その貪欲さに打ち勝って善良で高尚な生き方を志向して、いかなる誘惑にも負けずに、たゆまない修行を積まなければならない。そうすることが理想の生き方であり、そうすることで人は初めて立派な人格を形成することができる。わしはそう思っている」
老いらくさんが訓示を垂れた。老いらくさんは弁舌の才にたけているので、うなずけることが多い。老いらくさんは人間のことを話していたが、ぼくたち動物にも生き方の参考になるところが多い。しかし今、ぼくの心の中は、人間にとらえられたカエルたちのことでいっぱいだったから、理想の生き方を考える余裕はなかった。
(捕まえられたカエルたちは今、どこでどうしているのだろう。ひょっとしたら、もう、生きていないかもしれない。このような悲劇はこれからも起きるかもしれない)
そう思うと、ぼくは居ても立ってもいられないような気持ちになった。
今夜の夕食は、いつも以上に豪華だった。昼間、杜真子や、馬小跳や、馬小跳の友だちがやってきて、ぼくと妻猫に、いろいろな食べ物を持ってきてくれたからだ。杜真子はキャットフードを持ってきてくれた。馬小跳はミニトマトを持ってきてくれた。唐飛は干しビーフを持ってきてくれた。張達は煮干しを持ってきてくれた。毛超はクルミを持ってきてくれた。これらの食べ物には、炭水化物やたんぱく質や脂質が多く含まれているので、バランスよく取ることで健康を維持できる。ビタミンやカルシウムも豊富に含まれているので、ぼくも妻猫もとてもありがたく思いながら、夕食をいただいていた。
「今日は、久しぶりに、子どもたちがやってきたから、とてもうれしかったわ」
妻猫がそう言った。
「そうだね。最近はみんな宿題が忙しくて、公園に来る時間が、なかなか取れないのかもしれないね」
ぼくはそう答えた。
「今日、ここへ来たのは、たまたまでしょうか。それとも何か、わけがあって来たのでしょうか」
妻猫が聞いた。
「もしかしたら、テレビや新聞で、カエルたちが、この公園を根城として、この町の害虫を駆除していることを知って、カエルたちを見にきたのかもしれない」
ぼくはそう言った。
「だとしたら、とても残念だったわね。子どもたちがここへ来た時には、カエルたちはもうみんな駆除に出かけていて、姿を見ることができなかったら」
妻猫がそう言った。
「そうだね」
ぼくはあいづちを打った。
「あれっ、お父さん、何か心配事でもあるの?」
ぼくが上の空で返事をしたのに気がついて、妻猫がそう聞いた。
「カエルたちの中に、後ろ足がなくて、前足で逆立ちをしながら歩いているカエルがいるので、そのカエルのことを心配しているのだ」
ぼくはそう答えた。すると妻猫は不可解な顔をしながら
「立派なカエルなのに、お父さんは、どうしてそのカエルのことを心配しているのですか」
と聞いた。
「目立つカエルなので、そのカエルに目をつけて、捕まえようとした二人組の男がいたからだ」
ぼくはそう答えた。それを聞いて、妻猫はびっくりしたような顔をしていた。
「どうしてそんなことをするのでしょうか。そのカエルは障害にもめげないで、懸命に駆除に当たっていたのでしょう?」
妻猫がけげんそうな顔をしていた。
「人間にはよい人間もいれば悪い人間もいる。そのカエルはテレビや新聞で話題になっていたので、捕まえて、お金儲けの手段としようとしているのかもしれない」
ぼくはそう答えた。
「そうですか。ひどい人もいるのですね」
妻猫は顔を曇らせていた。
「そうだね。ぼくは命を張ってでも、そのカエルを悪い人間から守ってあげることにした」
ぼくは決然とした気持ちを妻猫に伝えた。
「正義感に燃えるお父さんらしくて、感心するわ」
妻猫がそう言った。
「ありがとう。お母さんに分かってもらえて、ぼくはうれしいよ」
ぼくは妻猫に、そう答えた。
「お父さんばかりを危ない目に遭わせるわけにはいかないから、わたしも何かして、お父さんを手伝ってあげたいわ」
妻猫がそう言った。それを聞いて、ぼくは思わず、ほろりとした。ぼくと妻猫は相思相愛の夫婦だと以前からずっと思っていたが、妻猫がぼくに力を貸して、どんな危険もいとわないでいることを知って、妻猫の優しさに、あらためて感動させられた。
「あの奇形ガエルが二人組に捕まえられそうになった時、ぼくと親友は、その二人組に襲いかかって、奇形ガエルを助けてあげた。でも、その二人組は奇形ガエルを捕まえることをまだあきらめていないかもしれない。もしかしたら、今晩、その二人組はこの翠湖公園にやってきて、また捕まえようとするかもしれない。あいつらを見かけたら絶対に、カエルたちに近づけてはならない」
ぼくは妻猫にそう言った。
「分かりました。わたしも協力します」
妻猫が快く、そう言った。
「ありがとう」
ぼくはそう答えた。
ぼくと妻猫は、それからまもなく、うちを出て、湖畔沿いに歩き始めた。日はもうすでに暮れていて、空には黒い雲が広くかかっていた。雲のすき間からは月が見えたり隠れたりしていた。カエルたちはもうすでに今日の仕事を終えて、翠湖公園に帰ってきていて、パートごとに分かれて、合唱の練習をしていた。
「何て、きれいな合唱なのでしょう」
妻猫は、うっとりした顔をしながら、そう言って、カエルたちの合唱に酔いしれていた。
「そうだね。こんな素晴らしい合唱を聞けるぼくたちはしあわせだね」
ぼくはそう答えた。
「そうですね。カエルたちには、これからもずっとここにいてほしいわ」
妻猫がそう言った。
「ぼくも、できたらそう思っています。でもカエルたちにとって、やはり、ここはあくまでも一時的な仮の住まい。カエルたちは生まれ育った田舎をけっして忘れることはないと思います。そしていつかきっと田舎へ帰っていくと思います」
ぼくはそう答えた。
「確かにそうですね。カエルたちの故郷は田舎だし、田んぼや畑で害虫を駆除することが、本来の仕事ですからね」
妻猫が寂しそうにそう言った。
翠湖公園は今までは、日が落ちると、人影もまばらになっていた。しかし、カエルたちがここに来てからは、様子が一変した。三つのパートに分かれて、美しい声で歌うカエルたちの合唱を聞くためにくる人たちがたくさんいたからだ。いい人ばかりだったら何も心配はいらない。しかしいい人に紛れて、あの二人組のように悪いことをたくらんでいるやつが、秘かにやって来ないとも限らない。人が多くなればなるほど、いい人と悪い人を見分けるのが難しくなってきた。ぼんやりとしか見えない夜景の中で人の表情や動きはとても見にくかった。しかしそれでも、ぼくは目を光らせながら、人の表情や動きをじっと監視していた。妻猫も協力してくれたので、ぼくはとても心強く感じた。妻猫はとても情緒的な猫なので、美しいものを聞くと、思わず我を忘れることがよくある。でも今は違っていた。ぼくが命がけでカエルたちを守っていることを知って、冷静な目で、不審人物がいないかどうか、あたりを、きょろきょろ見回していた。
それからまもなく、聞き覚えのある声を耳にした。
「ボス、ツヨシ―は、どこにいるのでしょうか?」
「おれにもよく分からないが、どこかにいるはずだ。今度こそ捕まえてやる」
その会話は、間違いなく、オカマ―とリキシーだった。
やはり、ぼくが思っていたとおり、オカマ―とリキシーは、性懲りもなく今度はこの翠湖公園にやってきて、ツヨシ―を捕まえようとしていた。
(あいつらの意のままには絶対にさせない)
オカマーとリキシーの声を聞いて、ぼくは固くそう思った。
オカマーとリキシーの姿が見えてきた。オカマーは懐中電灯で前方を照らしながら、細い足でなよなよと歩いていた。リキシーは鳥かごを持っていて、太い足でふてぶてしく歩いていた。オカマーは懐中電灯の光を、歌っているカエルたちに向けた。まぶしいほどの光が体全体に当てられて、カエルたちはとてもまばゆそうにしていた。
「ボス、ツヨシ―はいません。前足が片方欠けているカエルならいます」
オカマーがリキシーにそう言っていた。オカマーが懐中電灯で照らしていたのは、中音部のカエルたちが歌っている場所だった。
リキシーはオカマーの声を聞いて、いらいらしたような声で
「おれに懐中電灯を貸せ」
と言って、太い腕でオカマーから、懐中電灯をひったくった。リキシーは別の方向を照らした。そこは低音部のカエルたちが歌っている場所だった。前から二番目にツヨシ―の姿があった。逆立ちをして歌っているので、リキシーの目にすぐにツヨシ―の姿が入った。
「いたぞ。ここにいたぞ」
リキシーが興奮気味に、そう言った。
「今度こそ、逃がすものか」
リキシーがいきりたっていた。
「ええ、絶対に捕まえましょう」
オカマーが、そう答えていた。
リキシーとオカマーはそれからまもなく、抜き足差し足で、ツヨシ―の方に近づいていった。それを見て、ぼくは、居ても立ってもいられなくなった。妻猫も目をつりあげて怒っていた。
(お前たちの思うままには絶対にさせないからな)
ぼくはそう思いながら、勢いよく走っていって、思い切りジャンプして、リキシーの左腕に激しくかみついた。
「あいてててー」
暗闇の中から、ぼくがいきなり飛び出してきて激しくかみついたので、リキシーはびっくりして悲鳴をあげて、左手に持っていた懐中電灯を地面に落とした。懐中電灯はころころと転がっていって、湖の中に、ぽとんと落ちた。妻猫も鬼のような形相で、オカマーに向かっていった。前足の爪を伸ばして、勢いよくジャンプして、オカマーの顔をひっかいた。
「キャー、痛い」
オカマーは女のような声で悲鳴をあげた。
リキシーとオカマーがひるんだのを見て、今が勝機だとばかりにぼくは身の毛もよだつような恐ろしい声を出して、威嚇した。それを見て、リキシーもオカマーも、ぎょっとして、懸命に逃げ始めた。ぼくは必死に追っていった。妻猫も、ぼくのあとから追ってきた。リキシーとオカマーは翠湖公園の一番端にある、辺鄙で静かな楠林の中まで逃げていった。ぼくと妻猫は、しつように追いかけていった。リキシーもオカマーも息があがっていて、もうそれ以上、逃げることができなくなっていた。そして地面にばたんと倒れて死んだふりをしていた。
(今日はこれくらいで勘弁しておこう)
ぼくはそう思った。それからまもなく、ぼくは妻猫といっしょに、勝ち誇ったような表情をしながら意気揚々と、うちへ帰り始めた。
翠湖の湖畔まで戻ってきた時、カエルたちの合唱はもうすでに終わっていた。しかし人影はまだ残っていて、暗闇の中で、ゆらゆらと動いていた。ぼくと妻猫は人影を見ながら、うちへと急いでいた。するとその時
「笑い猫」
と、呼びかける声が暗闇の中から聞こえてきた。老いらくさんの声だった。
妻猫はそれを聞いて
「あら、ネズミがいる」
と言った。妻猫にはネズミの言葉は分からないが、ネズミの声は分かる。
「あっ、本当だ。ぼくが退治してくるから、お母さんは一足先にうちへ帰って、疲れをゆっくり取ってください」
ぼくは妻猫に、そう言った。
「分かりました」
妻猫はそう言って、うちへ帰っていった。妻猫の姿が見えなくなってから、ぼくは、かりかりしながら、老いらくさんを叱責した。
「まったくもう、どうして、ぼくが妻猫といっしょにいる時に声をかけるのですか。暗闇で姿が見えなかったからよかったものの、昼間だったら、妻猫が老いらくさんを捕まえて食べていたかもしれませんよ。猫にとってネズミは大好物ですから」
ぼくはそう言った。それを聞いて老いらくさんは
「ごめん、ごめん」
と言って、申し訳なさそうな顔をしていた。
「何か急用でもあったのですか」
ぼくは聞き返した。
「大変なことが起きたので、早くお前に知らせなければと思って、さっきからずっとお前を探していたのだ。一体、どこに行っていたのだ?」
老いらくさんが聞いた。
「ツヨシ―を捕まえようとした悪い男がいたので、妻猫といっしょに公園の端にある楠林まで追いかけていった」
ぼくはそう説明した。
「そうか。分かった。それで、その男はどうなったのか?」
老いらくさんが聞いた。
「妻猫といっしょに、やっつけることができました」
ぼくはそう答えた。
「そうか、それはよかった」
老いらくさんがほっとしたような表情をしていた。
「老いらくさんは、さっき大変なことがあったと、おっしゃいましたが、一体何が起きたのですか?」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「夜にもかかわらず、公園の中は人が多くて、わしは何度も踏まれそうになった」
老いらくさんが、そう言った。
「そうですか。それは大変でしたね。マスコミで取り上げられたカエルたちが、夜になると、ここで美しい歌を歌っているから聞きに来ている人が多いのだと思います。踏まれないように気をつけてください」
ぼくは老いらくさんに、そう言った。
「ありがとう。以後、気をつけるよ」
老いらくさんがそう答えた。
「でもわしがさっき言った大変なことが起きたと言うのは、そのことではない。カエルたちにとって深刻な事態が発生したのだ。事態が緊迫しているので、お前が妻猫と別れるまで、悠長に待っていられなかったのだ」
老いらくさんが、そう言った。
「何があったのですか」
ぼくは気がせいていた。
「ここに最近来るようになった人の中には、カエルの合唱を聞くためではなくて、別の目的で来る人が何人もいることに、わしは気がついたのだ」
老いらくさんが顔の表情を曇らせながらそう言った。
「どういうことですか?」
ぼくはけげんに思って、聞き返した。
「その人たちは袋を持っていて、カエルを捕まえて、その袋の中に入れていた」
ぼくはそれを聞いて、がくぜんとした。ぼくと妻猫が、リキシーとオカマーを追って湖畔を離れているすきに、そのような悲劇が起きていたとは、思ってもいなかった。一方に気を取られると他方がおろそかになるというが、まさかその通りのことが実際に起きていたとは、まったく心外の至りだったので、ぼくは失意に深く沈んでいた。
「その人たちは、それからどうしたのですか?」
ぼくは青ざめた顔で聞き返した。
「袋の中でもがいているカエルを手に提げて、にたにた笑いながら、公園を出ていった」
老いらくさんがそう言った。
「それからどうしたのですか?」
「公園の駐車場に止めていた車に乗って、どこかへ行ってしまった」
「……」
ぼくには返す言葉がなかった。ぼくはこれまで人をあまりにもよく思い過ぎていた。リキシーとオカマーのような悪いやつがいるのはむろん知っていたので、それなりに警戒はしていたが、大部分の人は、いい人だと思っていた。そんなぼくの予想を裏切るような不法な行為をされたことに対して、ぼくは強い憤りを覚えていた。ぼくはカエルたちに対して申し訳ない思いでいっぱいだった。人の中にはどうして、そんなひどいことをする人がいるのだろうか。昼間は害虫を駆除するために、かいがいしく働いて、夜になると、きれいな音楽を聞かせてくれるカエルたちを捕まえた人の気が知れなかった。ぼくは老いらくさんに思いのすべてをぶちまけた。すると老いらくさんは、ぼくを慰めるような声で
「人間の心の中には、よこしまなところがあるから、そういう悪いやつもいるさ」
と言った。
「人の性質は生まれつき悪だと思っているのですか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「わしは、そう思っている。人の心は貪欲で飽くことを知らない。その貪欲さに打ち勝って善良で高尚な生き方を志向して、いかなる誘惑にも負けずに、たゆまない修行を積まなければならない。そうすることが理想の生き方であり、そうすることで人は初めて立派な人格を形成することができる。わしはそう思っている」
老いらくさんが訓示を垂れた。老いらくさんは弁舌の才にたけているので、うなずけることが多い。老いらくさんは人間のことを話していたが、ぼくたち動物にも生き方の参考になるところが多い。しかし今、ぼくの心の中は、人間にとらえられたカエルたちのことでいっぱいだったから、理想の生き方を考える余裕はなかった。
(捕まえられたカエルたちは今、どこでどうしているのだろう。ひょっとしたら、もう、生きていないかもしれない。このような悲劇はこれからも起きるかもしれない)
そう思うと、ぼくは居ても立ってもいられないような気持ちになった。

