天気……ぎらぎらと照りつける夏の光が肌を焼きつくすほどに強く射し込んできて、皮膚がひりひりする。厳しい暑さに対処するため、日中は、なるべくうちの中にいて体力の消耗をできるだけ抑えるようにしている。朝晩の比較的涼しい時間帯には、うちを出て翠湖の湖畔に沿って散策しながら健康の維持に努めている。柳の木陰の中や、芝生の上をゆっくりと歩きながら、翠湖の中に咲いているスイレンの花を見るのが、この時季のぼくの一番の楽しみだ。
団長の奥さんであるオンプーが無事に救出されて、団長のもとへ帰ってくることができたことは、とてもうれしい出来事だった。これからはもう二度と団長とオンプーが離れ離れにならないことを、ぼくは心から願っていた。オンプーが救出されたことで、肩の荷は一つ降りたが、もう一つ、解決しなければならない問題がある。ツヨシ―を探し出して救出することだ。ツヨシ―がこの町のどこにいるのか、さっぱり見当もつかなかったので、ぼくは思案に暮れていた。考えあぐねたぼくは、いつものように老いらくさんを訪ねていった。この町の至るところに老いらくさんの子孫がいるので、老いらくさんの子孫から得られた情報をもとにしてツヨシ―の居場所の見当をつけることができるかもしれないと、ぼくは思っていた。老いらくさんに、そのことを話すと、老いらくさんは首を横に振った。
「笑い猫、お前はネズミの習性を知らないのか。昼間はじっとしていて、夜間になってから活動することが多い。カエルは、昼間、活動して、夜間は休んでいる。ネズミとは逆の習性だから、わしの子孫に聞いても、たぶんツヨシ―を知らないと思う」
老いらくさんが、申し訳なさそうに、そう言った。
「そうですか。でもツヨシ―を見たことがあるネズミが、どこかにいるかもしれませんから聞いてみてくれませんか」
ぼくは、いちるの望みを抱きながら、老いらくさんに、そう言った。
「分かった。聞いてみることにする」
老いらくさんがそう答えた。
「ツヨシ―を捕まえたのは、おそらくあの男たちに違いないし、どこかに閉じ込めているのではないかと、ぼくは思っています」
ぼくはそう言った。
「わしもそう思っている」
老いらくさんがそう答えた。
「あの男たちはお金儲けのためにツヨシ―を捕まえたのだと思いますが、一体、どのようなことをしてお金儲けをしようと思っているのでしょうか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「わしにもよく分からないが、人間は己の欲望に基づいて行動する動物だから、考えられるとすれば、いくつかある」
老いらくさんはそう言った。
「例えば、どんなことですか」
ぼくは老いらくさんに聞き返した。老いらくさんはしばらく考えてから
「まず第一の理由はツヨシ―を高い値段で研究者に売りつけることだ。後ろ足がないツヨシ―が逆立ちをしながら、どうしてあれほどしっかりと歩くことができるのかを分析することは科学的にとても意義がある研究だからだ」
老いらくさんがそう言った。ぼくはそれを聞いて、首をかしげた。リキシーもオカマーも、もっと悪辣なやり方でお金儲けをしようとたくらんでいるようにしか見えなかったからだ。
「ほかにはどんな理由が考えられますか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「第二の理由として考えられるのは、珍しいものを見たがる人々の好奇心につけこんで商売をたくらむよこしまな心だ」
老いらくさんがそう言った。
老いらくさんの話を聞いて、とても啓発されるものがあった。どちらも人間の欲望に基づいていて、奇形ガエルを捕まえるだけの理由として不自然ではなかったからだ。リキシーとオカマーがツヨシ―を捕まえたのは、どちらの理由なのか、ぼくはもう一度考えてみた。リキシーもオカマーも、科学の科の字も心にはない人間にしか見えなかったから、商売をするためにツヨシ―を捕まえたに違いない。ぼくはそう思った。腹の中で怒りが煮えくりかえって、おさまらなかったので、むしゃくしゃしていると、老いらくさんが
「お前の気持ちが分からないでもないが、落ち着けよ。頭に血をのぼらせては、冷静な判断ができなくなる。せいては事を仕損じるというではないか」
と言ってぼくをなだめた。
「だったら、どうすればいいのですか」
ぼくの苛立ちはまだおさまらなかった。
「わしがこれからお前を、町の中にあちこち連れていく。ツヨシ―がいる可能性があるところを、いっしょに回ってみよう」
老いらくさんが、そう言った。
「見当はつくのですか?」
ぼくは老いらくさんに聞き返した。老いらくさんは首を横に振った。
「見当はつかないが、ツヨシ―を助け出す方法を、頭の中であれこれ考えていても、机上の空論に過ぎないではないか。それよりも、まずどこにいるかを探し出して、状況に応じて具体的な救済方法を考えるのがよいではないか」
老いらくさんがそう言った。
「分かりました。では、ぼくはこれから老いらくさんといっしょにツヨシ―を探しに行くことにします。よろしくお願いします」
ぼくはそう答えた。
「うん、分かった」
老いらくさんがそう答えた。
それからまもなく、ぼくと老いらくさんは翠湖公園を出て、町の中に入っていった。歩きながら老いらくさんが
「わしほど幸福なネズミはいないだろうなあ」
と言った。
「どうしてですか」
ぼくは聞き返した。
「明るい光のもとで大手を振りながら、猫といっしょに堂々と歩けるネズミは、ほかにはいないからだよ」
老いらくさんが、そう答えた。
「そうですね。ネズミは人からも猫からも嫌われているので、ほとんどのネズミは、夜間にこそこそと動いていることが多いですからね」
ぼくはそう答えた。
「昼間の世界は明るくて楽しいから、わしは大好きだ」
老いらくさんがそう言った。
「ぼくも昼間の世界が大好きです」
ぼくはそう答えた。
「わしの子孫たちは昼間の世界を、ほとんど知らないから、とてもかわいそうに思える。いつになったら、わしの子孫たちも、わしと同じように、昼間、猫といっしょに町の中を人目をはばからないで歩けるようになるのだろうか」
老いらくさんが、そう言って感傷的な気持ちになっていた。
「人も猫もネズミも互いに認め合って共存できる世の中が早く訪れることを、ぼくも心から望んでいます」
ぼくは楽しそうに、そう答えた。
「わしは若いころは、途方もないことは、あまり考えなかった。自分さえ幸せであれば、それでよいと思っていた。でも年をとるにつれて、子孫たちのことを真剣に考えるようになってきた。荒唐無稽な白昼夢を見ることもよくある」
老いらくさんがそう言った。
「どんなことを夢見ているのですか。よかったらお聞かせいただけませんか」
ぼくは老いらくさんに丁重にお願いした。
「笑わないで聞いてくれるかい?」
老いらくさんが、そう言った。ぼくはうなずいた。老いらくさんは話を始めた。
「ネズミがこれまで人から目の敵にされていたのは、ネズミに悪いところがあったからだ。食べ物や食器をかじったり、板に穴をあけたり、ところ構わずフンをして、人に迷惑をかけていたからだ。そういったよくない行為をやめて、もっと上品な立ち振る舞いをするようにさせる。そうすればネズミは大切にされて、食べ物をたくさんもらえて、体が大きくなる。子犬や子猫や子ウサギと変わらないほどの大きさや姿になって、新しいペットとしてもてはやされて、飼う人が多くなる。そうなればネズミも日中、町の中を自由に歩くことができるようになる」
老いらくさんが、そう言った。この話を聞いて、ぼくはおかしくてたまらなくなったが、笑いをこらえていた。
「老いらくさんがおっしゃるように、町の大通りに、姿やかたちが犬や猫やウサギにそっくりのネズミがたくさんいて、楽しそうに歩いたり、横断歩道を渡ったりしている姿を想像すると、ぼくの心は浮き浮きして、メルヘンの世界に足を踏み入れたような気持ちになります」
ぼくは、そう答えた。
老いらくさんの一番の特徴は現実の世界と幻想の世界を自由に行き来させることができることだ。ぼくも、時々、非現実的なことを考えることがあるが、老いらくさんの想像力の豊かさには到底かなわないので、ぼくは老いらくさんに一目も二目も置いている。
ぼくと老いらくさんは町の大通りに出ると、歩道の上を歩きながら、辺りをきょろきょろ見回して、人の動きに注意を払っていた。するとしばらくしてから、通りの反対側にある歩行者天国の中に人だかりができているのが目に入った。
「何を見ているのかなあ。わしらも行ってみよう」
老いらくさんがそう言った。老いらくさんは、ことのほか、にぎやかなところが好きなので、野次馬が集まっているところには、すぐに行ってみたくなるところがある。
「分かりました。行ってみましょう」
ぼくは、そう答えた。
横断歩道の信号の色がまだ黄色のうちから、老いらくさんはもう、渡る準備を始めていた。
「待ってください。信号が青になってから渡ってください」
ぼくはそう言って、老いらくさんの体をぐいとつかんで、はやる気持ちを抑えた。
「分かった、分かった」
老いらくさんは、そう答えて、ぼくの忠言に素直に耳を傾けて、前に出かかった体の動きを止めた。
信号が青になった途端、老いらくさんは、脱兎のごとく走り出して、あっという間に向こう側に渡っていった。ぼくもあとに続いた。人だかりがしている歩行者天国のところへ、ぼくと老いらくさんはすぐに行ってみた。すると、そこにはロダンの『考える人』のようなポーズをした銅像のようなものがあって、低いいすの上に、うつむきながら座っていた。銅像のようにも見えたが、人のようにも見えた。どちらともいえない不思議なものだったので、集まっていた人たちは
「あれは人だ」
「いや、銅像だ」
と言って、それぞれの考えを思い思いに述べていた。
ぼくは以前、翠湖公園の中で「スタチューパフォーマンス(人間銅像)」というものを見たことがある。本物の人間が服をアクリル絵の具で塗って、地肌に舞台用化粧品を塗り込んで、微動だにせずにじっと立っていた。どこから見ても銅像そっくりだったので、ぼくはてっきり本物の銅像だと思っていた。ところが実際には違っていて、本物の人間だった。まつ毛がぴくぴくと動いた時には、びっくりして
「うわっ、動いた」
と思わず叫んで、ぼくは腰を抜かしていた。
あの時のことを、ぼくは今、ふっと思い出した。
「老いらくさんは、あれは銅像だと思いますか、それとも人間だと思いますか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「わしの見立てでは、あれは銅像だと思う」
老いらくさんが、そう答えた。
「どうしてですか?」
「だって、あの色は紛れもなく本物の銅の色だからだ」
老いらくさんが、そう答えた。
「濃い褐色に少しだけ緑青が混じっていて、あれはまさに正真正銘の銅像だ」
老いらくさんは自信にあふれた口ぶりで、そう言った。老いらくさんは、ぼくよりも見識が高いので、老いらくさんの説得力のある話を聞いて、ぼくも、あれは本物の銅像だと思った。ところが、実際には違っていた。銅像のまつ毛が、かすかに、ぴくぴくと動くのが見えたからだ。低いいすの上で、ロダンの『考える人』のポーズを取っていたので、顔の表情がよく見えなかったので、どちらなのか見極めるためには、見る人もしゃがまなければならなかった。でもそうする人はいなかったので、銅像のまつ毛が動いたのに気がついた人は、誰もいなかった。老いらくさんも気がつかないでいた。
(ちょっと触ってみよう)
ぼくはいたずら心に駆り立てられたので、「スタチューパフォーマンス(人間銅像)」に、そっと近づいていって、化粧品を塗り込んでブロンズ色に光っている足に、爪でちょっと触ってみた。するとその途端、『考える人』が
「きゃあー」
と悲鳴をあげた。見物人がその声を聞いて、びっくりしていた。思ってもいなかった事態を、ぼくが引き起こしたので、ぼくは、茫然となって、どうしたらよいか分からなくなった。まごまごしているぼくを見て、老いらくさんが
「ここはひとまず逃げよう」
と言った。ぼくはうなずいた。
ぼくと老いらくさんは、それからまもなく、一目散にその場を離れていった。逃げている途中、歩行者天国の別の所にも人だかりができているのが目に入った。
(何だろう?)
ぼくは、そう思いながら、老いらくさんといっしょに人ごみをかき分けながら、中に入っていった。すると何と、そこに、リキシーとオカマーがいた。キャスターのついた移動小屋があって、二十人ほどの人たちが、その小屋の前で列を作って順番を待っていた。小屋の窓には、すだれが掛けてあったので、中に何があるのか見えなかった。リキシーとオカマーは、つばを飛ばしながら、威勢のいい声で客引きをしていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい、この中には珍しいものがいるよ」
「十元で貴重な生き物を見ることができますよ」
リキシーとオカマーの呼び声に興味をそそられて、人が、たくさん集まってきていた。
オカマーが、ぼくと老いらくさんの姿に気がついた。以前、町の中で、ぼくと老いらくさんに手痛い目に遭わされたことを、まだ覚えているようだった。
「ボス、あの時の猫とネズミがまた来ています」
オカマーがリキシーに、そう言っていた。
「くそ、おれたちをまた邪魔する気か」
リキシーが、忌々しそうな声で、ぼくと老いらくさんを、にらみつけていた。ぼくは少しもひるまないで、鬼のような形相で、リキシーを、にらみかえした。歯をむき出して、
ぎしぎし言わせて、今にも飛び掛かっていきそうなポーズを取った。それを見ていた人たちは、ぼくの剣幕に怖くなって、三々五々と、その場を離れていった。お客さんがいなくなったので、リキシーとオカマーは商売をすることができなくなり、不機嫌そうな顔をしながら、キャスターのついた移動小屋を押して、歩行者天国から出ていった。ぼくと老いらくさんは、リキシーとオカマーのあとを追っていったが、リキシーとオカマーは、歩行
者天国を出ると、駐車場に止めていた軽トラックの荷台に、移動小屋を積んで遠くへ走り去っていった。
ぼくと老いらくさんは、それからまもなく翠湖公園に帰っていった。リキシーとオカマーを見失ったことで、ぼくはがっかりしていた。老いらくさんが
「笑い猫、そんなに浮かない顔をするなよ。明日、また探そう。明日もだめなら、明後日探そう。とことん探し続ければ、いつかはきっと、あいつらの居場所を突き止めることができるよ」
と言って、ぼくを慰めてくれた。
団長の奥さんであるオンプーが無事に救出されて、団長のもとへ帰ってくることができたことは、とてもうれしい出来事だった。これからはもう二度と団長とオンプーが離れ離れにならないことを、ぼくは心から願っていた。オンプーが救出されたことで、肩の荷は一つ降りたが、もう一つ、解決しなければならない問題がある。ツヨシ―を探し出して救出することだ。ツヨシ―がこの町のどこにいるのか、さっぱり見当もつかなかったので、ぼくは思案に暮れていた。考えあぐねたぼくは、いつものように老いらくさんを訪ねていった。この町の至るところに老いらくさんの子孫がいるので、老いらくさんの子孫から得られた情報をもとにしてツヨシ―の居場所の見当をつけることができるかもしれないと、ぼくは思っていた。老いらくさんに、そのことを話すと、老いらくさんは首を横に振った。
「笑い猫、お前はネズミの習性を知らないのか。昼間はじっとしていて、夜間になってから活動することが多い。カエルは、昼間、活動して、夜間は休んでいる。ネズミとは逆の習性だから、わしの子孫に聞いても、たぶんツヨシ―を知らないと思う」
老いらくさんが、申し訳なさそうに、そう言った。
「そうですか。でもツヨシ―を見たことがあるネズミが、どこかにいるかもしれませんから聞いてみてくれませんか」
ぼくは、いちるの望みを抱きながら、老いらくさんに、そう言った。
「分かった。聞いてみることにする」
老いらくさんがそう答えた。
「ツヨシ―を捕まえたのは、おそらくあの男たちに違いないし、どこかに閉じ込めているのではないかと、ぼくは思っています」
ぼくはそう言った。
「わしもそう思っている」
老いらくさんがそう答えた。
「あの男たちはお金儲けのためにツヨシ―を捕まえたのだと思いますが、一体、どのようなことをしてお金儲けをしようと思っているのでしょうか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「わしにもよく分からないが、人間は己の欲望に基づいて行動する動物だから、考えられるとすれば、いくつかある」
老いらくさんはそう言った。
「例えば、どんなことですか」
ぼくは老いらくさんに聞き返した。老いらくさんはしばらく考えてから
「まず第一の理由はツヨシ―を高い値段で研究者に売りつけることだ。後ろ足がないツヨシ―が逆立ちをしながら、どうしてあれほどしっかりと歩くことができるのかを分析することは科学的にとても意義がある研究だからだ」
老いらくさんがそう言った。ぼくはそれを聞いて、首をかしげた。リキシーもオカマーも、もっと悪辣なやり方でお金儲けをしようとたくらんでいるようにしか見えなかったからだ。
「ほかにはどんな理由が考えられますか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「第二の理由として考えられるのは、珍しいものを見たがる人々の好奇心につけこんで商売をたくらむよこしまな心だ」
老いらくさんがそう言った。
老いらくさんの話を聞いて、とても啓発されるものがあった。どちらも人間の欲望に基づいていて、奇形ガエルを捕まえるだけの理由として不自然ではなかったからだ。リキシーとオカマーがツヨシ―を捕まえたのは、どちらの理由なのか、ぼくはもう一度考えてみた。リキシーもオカマーも、科学の科の字も心にはない人間にしか見えなかったから、商売をするためにツヨシ―を捕まえたに違いない。ぼくはそう思った。腹の中で怒りが煮えくりかえって、おさまらなかったので、むしゃくしゃしていると、老いらくさんが
「お前の気持ちが分からないでもないが、落ち着けよ。頭に血をのぼらせては、冷静な判断ができなくなる。せいては事を仕損じるというではないか」
と言ってぼくをなだめた。
「だったら、どうすればいいのですか」
ぼくの苛立ちはまだおさまらなかった。
「わしがこれからお前を、町の中にあちこち連れていく。ツヨシ―がいる可能性があるところを、いっしょに回ってみよう」
老いらくさんが、そう言った。
「見当はつくのですか?」
ぼくは老いらくさんに聞き返した。老いらくさんは首を横に振った。
「見当はつかないが、ツヨシ―を助け出す方法を、頭の中であれこれ考えていても、机上の空論に過ぎないではないか。それよりも、まずどこにいるかを探し出して、状況に応じて具体的な救済方法を考えるのがよいではないか」
老いらくさんがそう言った。
「分かりました。では、ぼくはこれから老いらくさんといっしょにツヨシ―を探しに行くことにします。よろしくお願いします」
ぼくはそう答えた。
「うん、分かった」
老いらくさんがそう答えた。
それからまもなく、ぼくと老いらくさんは翠湖公園を出て、町の中に入っていった。歩きながら老いらくさんが
「わしほど幸福なネズミはいないだろうなあ」
と言った。
「どうしてですか」
ぼくは聞き返した。
「明るい光のもとで大手を振りながら、猫といっしょに堂々と歩けるネズミは、ほかにはいないからだよ」
老いらくさんが、そう答えた。
「そうですね。ネズミは人からも猫からも嫌われているので、ほとんどのネズミは、夜間にこそこそと動いていることが多いですからね」
ぼくはそう答えた。
「昼間の世界は明るくて楽しいから、わしは大好きだ」
老いらくさんがそう言った。
「ぼくも昼間の世界が大好きです」
ぼくはそう答えた。
「わしの子孫たちは昼間の世界を、ほとんど知らないから、とてもかわいそうに思える。いつになったら、わしの子孫たちも、わしと同じように、昼間、猫といっしょに町の中を人目をはばからないで歩けるようになるのだろうか」
老いらくさんが、そう言って感傷的な気持ちになっていた。
「人も猫もネズミも互いに認め合って共存できる世の中が早く訪れることを、ぼくも心から望んでいます」
ぼくは楽しそうに、そう答えた。
「わしは若いころは、途方もないことは、あまり考えなかった。自分さえ幸せであれば、それでよいと思っていた。でも年をとるにつれて、子孫たちのことを真剣に考えるようになってきた。荒唐無稽な白昼夢を見ることもよくある」
老いらくさんがそう言った。
「どんなことを夢見ているのですか。よかったらお聞かせいただけませんか」
ぼくは老いらくさんに丁重にお願いした。
「笑わないで聞いてくれるかい?」
老いらくさんが、そう言った。ぼくはうなずいた。老いらくさんは話を始めた。
「ネズミがこれまで人から目の敵にされていたのは、ネズミに悪いところがあったからだ。食べ物や食器をかじったり、板に穴をあけたり、ところ構わずフンをして、人に迷惑をかけていたからだ。そういったよくない行為をやめて、もっと上品な立ち振る舞いをするようにさせる。そうすればネズミは大切にされて、食べ物をたくさんもらえて、体が大きくなる。子犬や子猫や子ウサギと変わらないほどの大きさや姿になって、新しいペットとしてもてはやされて、飼う人が多くなる。そうなればネズミも日中、町の中を自由に歩くことができるようになる」
老いらくさんが、そう言った。この話を聞いて、ぼくはおかしくてたまらなくなったが、笑いをこらえていた。
「老いらくさんがおっしゃるように、町の大通りに、姿やかたちが犬や猫やウサギにそっくりのネズミがたくさんいて、楽しそうに歩いたり、横断歩道を渡ったりしている姿を想像すると、ぼくの心は浮き浮きして、メルヘンの世界に足を踏み入れたような気持ちになります」
ぼくは、そう答えた。
老いらくさんの一番の特徴は現実の世界と幻想の世界を自由に行き来させることができることだ。ぼくも、時々、非現実的なことを考えることがあるが、老いらくさんの想像力の豊かさには到底かなわないので、ぼくは老いらくさんに一目も二目も置いている。
ぼくと老いらくさんは町の大通りに出ると、歩道の上を歩きながら、辺りをきょろきょろ見回して、人の動きに注意を払っていた。するとしばらくしてから、通りの反対側にある歩行者天国の中に人だかりができているのが目に入った。
「何を見ているのかなあ。わしらも行ってみよう」
老いらくさんがそう言った。老いらくさんは、ことのほか、にぎやかなところが好きなので、野次馬が集まっているところには、すぐに行ってみたくなるところがある。
「分かりました。行ってみましょう」
ぼくは、そう答えた。
横断歩道の信号の色がまだ黄色のうちから、老いらくさんはもう、渡る準備を始めていた。
「待ってください。信号が青になってから渡ってください」
ぼくはそう言って、老いらくさんの体をぐいとつかんで、はやる気持ちを抑えた。
「分かった、分かった」
老いらくさんは、そう答えて、ぼくの忠言に素直に耳を傾けて、前に出かかった体の動きを止めた。
信号が青になった途端、老いらくさんは、脱兎のごとく走り出して、あっという間に向こう側に渡っていった。ぼくもあとに続いた。人だかりがしている歩行者天国のところへ、ぼくと老いらくさんはすぐに行ってみた。すると、そこにはロダンの『考える人』のようなポーズをした銅像のようなものがあって、低いいすの上に、うつむきながら座っていた。銅像のようにも見えたが、人のようにも見えた。どちらともいえない不思議なものだったので、集まっていた人たちは
「あれは人だ」
「いや、銅像だ」
と言って、それぞれの考えを思い思いに述べていた。
ぼくは以前、翠湖公園の中で「スタチューパフォーマンス(人間銅像)」というものを見たことがある。本物の人間が服をアクリル絵の具で塗って、地肌に舞台用化粧品を塗り込んで、微動だにせずにじっと立っていた。どこから見ても銅像そっくりだったので、ぼくはてっきり本物の銅像だと思っていた。ところが実際には違っていて、本物の人間だった。まつ毛がぴくぴくと動いた時には、びっくりして
「うわっ、動いた」
と思わず叫んで、ぼくは腰を抜かしていた。
あの時のことを、ぼくは今、ふっと思い出した。
「老いらくさんは、あれは銅像だと思いますか、それとも人間だと思いますか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「わしの見立てでは、あれは銅像だと思う」
老いらくさんが、そう答えた。
「どうしてですか?」
「だって、あの色は紛れもなく本物の銅の色だからだ」
老いらくさんが、そう答えた。
「濃い褐色に少しだけ緑青が混じっていて、あれはまさに正真正銘の銅像だ」
老いらくさんは自信にあふれた口ぶりで、そう言った。老いらくさんは、ぼくよりも見識が高いので、老いらくさんの説得力のある話を聞いて、ぼくも、あれは本物の銅像だと思った。ところが、実際には違っていた。銅像のまつ毛が、かすかに、ぴくぴくと動くのが見えたからだ。低いいすの上で、ロダンの『考える人』のポーズを取っていたので、顔の表情がよく見えなかったので、どちらなのか見極めるためには、見る人もしゃがまなければならなかった。でもそうする人はいなかったので、銅像のまつ毛が動いたのに気がついた人は、誰もいなかった。老いらくさんも気がつかないでいた。
(ちょっと触ってみよう)
ぼくはいたずら心に駆り立てられたので、「スタチューパフォーマンス(人間銅像)」に、そっと近づいていって、化粧品を塗り込んでブロンズ色に光っている足に、爪でちょっと触ってみた。するとその途端、『考える人』が
「きゃあー」
と悲鳴をあげた。見物人がその声を聞いて、びっくりしていた。思ってもいなかった事態を、ぼくが引き起こしたので、ぼくは、茫然となって、どうしたらよいか分からなくなった。まごまごしているぼくを見て、老いらくさんが
「ここはひとまず逃げよう」
と言った。ぼくはうなずいた。
ぼくと老いらくさんは、それからまもなく、一目散にその場を離れていった。逃げている途中、歩行者天国の別の所にも人だかりができているのが目に入った。
(何だろう?)
ぼくは、そう思いながら、老いらくさんといっしょに人ごみをかき分けながら、中に入っていった。すると何と、そこに、リキシーとオカマーがいた。キャスターのついた移動小屋があって、二十人ほどの人たちが、その小屋の前で列を作って順番を待っていた。小屋の窓には、すだれが掛けてあったので、中に何があるのか見えなかった。リキシーとオカマーは、つばを飛ばしながら、威勢のいい声で客引きをしていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい、この中には珍しいものがいるよ」
「十元で貴重な生き物を見ることができますよ」
リキシーとオカマーの呼び声に興味をそそられて、人が、たくさん集まってきていた。
オカマーが、ぼくと老いらくさんの姿に気がついた。以前、町の中で、ぼくと老いらくさんに手痛い目に遭わされたことを、まだ覚えているようだった。
「ボス、あの時の猫とネズミがまた来ています」
オカマーがリキシーに、そう言っていた。
「くそ、おれたちをまた邪魔する気か」
リキシーが、忌々しそうな声で、ぼくと老いらくさんを、にらみつけていた。ぼくは少しもひるまないで、鬼のような形相で、リキシーを、にらみかえした。歯をむき出して、
ぎしぎし言わせて、今にも飛び掛かっていきそうなポーズを取った。それを見ていた人たちは、ぼくの剣幕に怖くなって、三々五々と、その場を離れていった。お客さんがいなくなったので、リキシーとオカマーは商売をすることができなくなり、不機嫌そうな顔をしながら、キャスターのついた移動小屋を押して、歩行者天国から出ていった。ぼくと老いらくさんは、リキシーとオカマーのあとを追っていったが、リキシーとオカマーは、歩行
者天国を出ると、駐車場に止めていた軽トラックの荷台に、移動小屋を積んで遠くへ走り去っていった。
ぼくと老いらくさんは、それからまもなく翠湖公園に帰っていった。リキシーとオカマーを見失ったことで、ぼくはがっかりしていた。老いらくさんが
「笑い猫、そんなに浮かない顔をするなよ。明日、また探そう。明日もだめなら、明後日探そう。とことん探し続ければ、いつかはきっと、あいつらの居場所を突き止めることができるよ」
と言って、ぼくを慰めてくれた。

