天気……今は夏の真っ盛り。午前中から気温がぐんぐん上がり、昼間から午後にかけては耐えられないほど暑くなる。太陽がぎらぎらと照りつけていて、空のあちこちに入道雲が湧き立っている。時折、空がにわかに曇ってきて、雷を伴って激しい夕立が降ってくることもある。雨が上がると、それまで暑さでぐったりしていた草花や花木が水気を吸って生気を取り戻して、ぼうぼうと成長する。翠湖公園の中では今、朝顔やヒマワリやムクゲの花がきれいに咲いている。

ぼくは絶対に起こり得ないことを考えることは、めったにしない。でも今は、もし自分の体を二つに分けることができる魔術があったら、ぜひその魔術を学びたいと思っていた。一つの体でオンプーを助けに行き、もう一つの体でツヨシ―を助けに行きたいと思ったからだ。このことを老いらくさんに話したら、鼻でせせら笑いながら
「お前の気持ちが分からないでもないが、もっと地に足がついた考え方をしろよ」
と言って、戒められた。
「ではどうすればいいのですか」
ぼくは老いらくさんに聞き返した。
「二つのことをいっしょにすることはできないから、どちらを先にするのがよいかを客観的に考えることだ」
老いらくさんがそう言った。
「どちらを先にしたらよいのでしょうか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。老いらくさんはしばらく考えてから
「オンプーを先に助けに行きなさい」
と言った。
「どうしてですか」
ぼくは聞き返した。
「命を奪われる危険が差し迫っているのはツヨシ―ではなくてオンプーだからだ」
老いらくさんがそう言った。それを聞いて、ぼくは確かにそうかもしれないと思った。
「ツヨシ―は奇形を売りにして客寄せするために捕まえられていったと思うので、命を奪ったら商売ができなくなりますよね」
ぼくはそう答えた。
「そうだよ。その通りだよ。ツヨシ―には後ろ足がないので、食べてもおいしくないから、見世物にしかならない。オンプーには後ろ足があるし、食べておいしいから、お客さんから注文があり次第、すぐに皮を剥がれる」
老いらくさんがそう言った。
「分かりました。ではまずオンプーを助けに行くことからします。オンプーが閉じ込められているレストランは分かりました。昨夜、団長といっしょにグルメ街に行って、団長に歌を歌わせたら、オンプーから反響が返ってきました。生きているのが分かって、ぼくも団長もとてもうれしく思いました。でもどうやって助けに行ったらいいのか分からないでいます。何かよい方法をご存じでしたら、教えていただけないでしょうか」
ぼくは老いらくさんに、そう聞いた。
「お前は人をかんで人に手向かうことができるから、その方法で救出することはできないのか」
老いらくさんがそう言った。ぼくはそれを聞いて、首を横に振った。
「ぼくは以前、グルメ街に行って、人をかんで、カエルを救出したことがあります。その場面がテレビに映し出されて、有名になったので、ぼくを警戒する人が多くなりました」
ぼくはそう答えた。
「そうか。それだったら別の方法を考えるしかないな」
老いらくさんは、そう言って、再び思案を巡らしていた。
「馬小跳のところへ相談に行ったらどうだ。わしがよい知恵を出してお前を助けてあげることができない時、お前はいつも馬小跳のところへ相談に行くではないか」
老いらくさんが、そう言った。それを聞いて、ぼくは、はっとするものがあった。
(そうだ、その通りだ。馬小跳は、ぼくの力になってくれるかもしれない)
ぼくは、そう思った。
「昨日、馬小跳が友だちといっしょにグルメ街に来たのは、とらえられたカエルを救出するためだったと思います。みんな動物が大好きなので、オンプーを助けることにきっと力を貸してくれるはずです」
ぼくは老いらくさんに、そう答えた。
「そうか。それはよかった。もう一つ、思いついたことがある」
老いらくさんがそう言った。
「何ですか」
ぼくは聞き返した。
「お前はさっき、昨夜、カエル合唱団の団長を連れていって歌を歌わせたら、オンプーに間違いない声が返ってきたと言ったではないか」
老いらくさんがそう言った。ぼくはうなずいた。それを見て、老いらくさんが
「今度もまた団長を連れていって歌を歌わせなさい。そのほうが一番効果があると、わしは思っている」
と言った。
「分かりました。そうします」
ぼくはそう答えた。
それからまもなく、ぼくは老いらくさんと別れて、団長に会いにいった。団長は今、ちょうど眼鏡橋の上にいて、団員たちをパートごとに整列させているところだった。隊列が整い次第、団長は団員たちに出発の合図を出して、ハエやカの駆除に向かわせようとしていた。
「団長、ぼくといっしょに、奥さんを助けに行きましょう」
ぼくは団長にそう言った。
「うん、そうしよう」
団長がうなずいた。団長は団員たちを送り出したあと、ぼくのあとからついてきた。
「ぼくたちだけの力では無理かもしれないので、グルメ街に行く途中で強力なすけっとを連れていきます。まだ子どもですが、きっとぼくたちに力を貸してくれると思います」
翠湖公園を出たばかりの時、ぼくは団長にそう言った。すると団長が浮かぬ顔をしていた。
「おれたちは、人間のせいで、いろいろな災難に遭ったから、おれは人間をあまり信用していない。その子は大丈夫なのか」
団長がそう聞いた。
「大丈夫です。動物が大好きな子どもだから、動物をいじめる人がいたら敢然と立ち向かっていくような勇気のある子どもです。彼の友だちもみな同じです」
ぼくはそう言った。
「お前がそう言うのなら信用するしかない。もし何かあったら責任を取ることだ」
団長がそう言った。
「分かりました。その時は必ず責任を取ります」
ぼくはそう答えた。
それからまもなく、ぼくは団長を連れて、馬小跳のうちがあるマンションの下まで連れていった。階下にある花壇の中で団長を待たせてから、ぼくは外壁を伝わりながら、馬小跳のうちの窓台まで登っていった。部屋の中に馬小跳がいるのが見えた。ぼくは爪を出して、窓ガラスを軽くたたいた。馬小跳が気がついて、ぼくをすぐに部屋の中に入れてくれた。学校は今、ちょうど夏休みだったので、馬小跳はうちにいて、学校の宿題をしていた。家の中には馬小跳だけしかいなかった。お父さんとお母さんは仕事に出ていて留守のようだった。馬小跳はぼくを抱えてダイニングルームの中に連れていって、テーブルの上に降ろした。
「笑い猫、おなかが減っているだろう。食べなさい」
馬小跳はそう言って、炒り卵をぼくの前に置いてくれた。馬小跳の心遣いが身にしみて、ぼくはとてもうれしかった。でも、ぼくは口をつけなかった。団長の奥さんのことが心配で、食べる気にはなれなかったからだ。
「どうして食べないのだ。何か気がかりなことでもあるのか?」
馬小跳が、ぼくの心の中を察して、そう言った。ぼくはうなずいた。ぼくは人の言葉が理解できるので、気持ちを伝えることができる。
「そうか。やはり、そうか」
馬小跳がつぶやくようにそう言った。
馬小跳はそれからまもなくスマートフォンを手に取った。張達、唐飛、毛超に電話をかけようとしているのではないかと、ぼくは思った。やはり、そうだった。ぼくが心配そうな顔をしている時には、馬小跳はすぐに三人と連絡を取り合って、みんなで話し合って、ぼくが抱えている問題を察して解決しようとしてくれるからだ。性格はそれぞれ違っていて、長所も短所もあるが、よいところを出し合ったり、悪いところを補いあったりして、よりよい解決策を見いだしてくれることがよくある。『三人寄れば文殊の知恵』というが、彼らの場合は『四人寄れば文殊の知恵』だと、ぼくは思っている。
電話をかけたあと、馬小跳はうちを出て、エレベーターで下へ降りていった。ぼくもいっしょに降りていった。エレベーターが一階に着くと、ぼくはすぐにマンションの前にある花壇の中に走っていって、団長に声をかけた。すると団長が花壇の中から顔を出した。馬小跳は団長を見てすぐに、ぼくがうちへ来たのはカエルに関係のあることなのだと察してくれた。
それからまもなく馬小跳は翠湖公園へ向かっていった。公園の中には、灌木が茂っているところがあって、馬小跳が友だちと話し合いをする時は、いつもそこに出かけていたので、これから、そこへ行くのだろうと思った。ぼくと団長は馬小跳のあとからついていった。やはり、ぼくが思っていたとおりだった。馬小跳は眼鏡橋を渡って翠湖公園の中に入ると、灌木が茂っている東の方に向かっていた。灌木の中にはベンチが二つとテーブルが一つあって、周囲を木で囲まれていて、外からは目につきにくいので、恰好の会合場所となっていた。馬小跳が灌木の中に入っていくと、張達と唐飛と毛超はもうすでに来ていた。張達と唐飛と毛超は、ぼくを見ても何とも思わなかったが、団長を見て、びっくりしていた。カエルがついてきているとは思ってもいなかったからだ。
「どうしてカエルがいるのだ?」
毛超がけげんそうな顔をしながら、馬小跳に聞いていた。
「笑い猫が連れてきたのだ。カエルたちに何かあったようだ」
馬小跳がそう答えていた。それを聞いて唐飛が
「そう言われても、おれたちにはさっぱり分からない。何があったのだ?」
と、馬小跳に聞き返していた。
「おれにもよく分からない。でも、何かあったことは、たぶん間違いない」
馬小跳がそう答えていた。
「どうしてそう思うのだ?」
唐飛がそう聞いていた。
「笑い猫がうちへ来たので、炒り卵をやったが、一口も口をつけなかった」
馬小跳がそう答えていた。
「おなかが空いていなかっただけではないのか」
唐飛がそう言った。それを聞いて馬小跳が首を横に振った。
「いや、そうではないと思う。何か気がかりなことでもあるのかと笑い猫に聞いたら、うなずいたから」
馬小跳はそう答えていた。
「そうか。笑い猫は人の言葉が分かるから、たまたま、うなずいたとは思えない」
唐飛がそう言った。
「そ、そ、そうだよ」
吃音障害がある張達が、そう言った。
「よし、分かった。では、これからみんなで笑い猫のあとについていってみよう」
唐飛がそう言った。
それからまもなく、ぼくは団長を背中に乗せて翠湖公園を出た。ぼくのあとから馬小跳たちが、ぞろぞろとついてきた。この光景を、町の人たちが、けげんそうな顔をして見ていた。ぼくも馬小跳たちも人の視線を少しも気にしないで、もくもくと歩いていた。いくつもの大通りや、狭い路地を通り抜けて、グルメ街に入り、その中で一番大きくて一番有名なレストランの前まで、ぼくは馬小跳たちを連れていった。
「あれっ、このレストランは、昨日、来たところではないか」
毛超がけげんそうな顔をしながら、そう言った。
「そうだよな。この店の店長が『ここにはカエル料理はない』と言っていたから、この店には何も問題はないはずだがな」
唐飛がそう答えていた。
「でも笑い猫が何の理由もなく、おれたちをここへ連れてくるとは到底考えられない」
馬小跳がそう答えていた。
「お、お、おれもそ、そ、そう思う」
吃音障害のある張達が、そう言った。
「昨日、この店を出る時、笑い猫が不審な人物を見かけたらしく、追いかけていったが、見失ってしまった。もしかしたら、この店は白ではなくて黒かもしれない」
馬小跳がそう言った。
馬小跳たちはそれからまもなく再び、意を決して、レストランの中に入っていった。店の中に足を一歩踏み入れた途端に、あの店長がまた出てきて、目をつりあげながら
「お前たち、また来たのか。ここはお前たちが来るようなところではないと言ったではないか」
と不快そうに言った。
「おれたちが、ここへ来たのは、この店にカエルのにおいを感じたからです」
馬小跳がひるまないで、そう言った。
「この店ではカエル料理は出さないと言ったではないか」
店長がそう言った。
「だからと言って、この店にカエルがいないとは限らないですから」
馬小跳が敢然と言葉を返した。
「つべこべ言わずに、さっさと帰れ」
店長は息巻いて、まるっきり取り合わなかった。馬小跳たちが押し切られそうになったのを見て、ぼくはとっさに団長に歌を歌わせることを思いついた。団長の歌にオンプーが反応して返歌をしたら、この店にカエルがいることがはっきりして、店長はぐうの音も出なくなってしまうはずだ。ぼくはそう思ったからだ。
「団長、あの美しいラブソングをもう一度歌ってください」
ぼくがそう言うと、団長はうなずいた。団長はそれからまもなくテノールの美しい声で朗々と歌い始めた。突然聞こえてきたカエルの声を聞いて、店長はびっくりしていた。ぼくのすぐ横にカエルがいて、そのカエルが歌っているのが分かると、店長は、いぶかしそうな声で
「何だ、このカエルは。お前たちが連れてきたのか。うちにはカエルはいないが」
と言った。店長はあっけにとられたような顔をしながら、団長を見ていた。するとそれからしばらくしてから、店の奥の方からカエルが歌う美しいソプラノの歌が聞こえてきた。まろやかで包み込むような優しさにあふれたその声は、団長が歌うテノールの声と、ぴったり呼応していた。その声を聞いて、店長が動揺していた。それを見て馬小跳が追い討ちをかけるように
「これでもこの店にカエルはいないと言い張るつもりですか」
と言った。
「……」
店長は答に詰まっていた。
唐飛がそれを見て馬小跳に援護射撃を送った。
「しらばくれるのもいい加減にしてください」
きびしい目で店長をにらみながら、唐飛は店長に詰め寄っていた。
毛超も拍車をかけた。
「そうだ、そうだ。おれたちはカエルを一匹しか連れてこなかった」
毛超はそう言って声をとがらせていた。
張達も負けてはならないと思って
「あ、あの声はメス、メスガエルの声。こ、ここにいるのはオス、オスガエル……」
と、どもりながら言った。
店内にはお客さんたちもいたので、毛超が
「みなさん、ちょっと聞いてください。みなさんのお耳に、今、カエルの声が聞こえると思います。ぼくたちはカエルを一匹連れてきました。でも今、店の奥から、もう一匹別のカエルの声が聞こえてきませんか」
と、お客さんに聞いていた。お客さんは耳を澄ましながら
「聞こえる、聞こえる」
と異口同音に言っていた。
「ぼくにも聞こえます。でもこの店の店長は、ここにはカエルはいないと言っています。みなさん、どう思われますか」
毛超がそう聞いていた。
「いる、いる。間違いなく、いる」
お客さんの一人が、そう答えていた。それを聞いて店長は、きまりの悪そうな顔をしながら何も答えないで、事態をどう収拾しようかと考えているように見えた。馬小跳がそれを見て店長に
「お客さんはこの店にカエルがいると言っています。あなたはいないと言っています。どちらが正しいのか、ぼくにちょっと確かめさせていただけませんか」
と聞いていた。すると店長が首を激しく横に振った。
「だめだ。厨房は関係者以外は立ち入り禁止だ」
店長は厳しい口調でそう言ってから、馬小跳の前で手を横に広げて、馬小跳が厨房の中に入るのを阻止した。張達がそれを見て、店長の前に突っ立って、テコンドーでなぐるポーズを取った。毛超がそれを見て
「彼はテコンドーの名手だ。試合で優勝したこともある」
と言った。唐飛も、言葉にぐっと力をこめて
「彼の技は抜群で、なぐられたら、すぐに意識を失ってしまう」
と言った。それを聞いて、店長がびびって、横に広げていた手を下におろした。店長はそれからまもなくボーイに目配せを送って、馬小跳たちが厨房に入るのを黙認した。馬小跳たちは厨房の中に入り、蓋がしてある水がめの中にカエルが閉じ込められているのに気がついた。馬小跳が蓋を取ると、中から三匹のカエルが出てきた。その中に団長の奥さんであるオンプーもいた。カエルたちは裏口から外に出て、ぴょんぴょん跳ねながら、店から遠ざかっていった。馬小跳たちのおかげで、カエルたちが無事に逃げ出すことができたので、ぼくはとてもうれしかった。団長も嬉々とした顔をしていた。最愛の妻であるオンプーや、閉じ込められていた団員たちが無事に救出されたので、団長は明るい顔をしながら、奥さんたちを連れて翠湖公園へ帰っていった。馬小跳たちも、いいことをしたと思って、晴れ晴れとした顔をしながら、うちへ帰っていった。