天気……昼間は暑いが、夜になると、月の光が、ほろほろと、こぼれるように射し込んできて、一服の清涼剤のように感じられる。翠湖の中で咲いているスイレンの花の上にも月の光が影のように映っていて、ゆらゆらと、たゆたうように揺れていて、神秘的な雰囲気をかもしだしている。
今夜は、カエル合唱団の団員たちは、今までとは違って、歌うことをしなかった。団長の指揮がなければハーモニーのとれた美しい合唱をすることができなかったからだ。団長は今、最愛の妻であるオンプーのことで頭がいっぱいだったから、団員たちは誰ひとり、団長に指揮をお願いするものはいなかった。団長は今、ほろほろと、こぼれるように射し込んでくる月の光を浴びながら、スイレンの花の上で、ひとり静かにたたずんでいた。団長はもの想いにふけりながら、小さな声でつぶやくように、もの悲しい歌を歌っていた。愛別離苦の寂寥感が、その歌にはこめられていて、聞いていると思わず涙がこぼれそうになるほど、切なくて、ぼくの胸に深く響いてきた。居ても立ってもいられなくなってきたので、ぼくはすぐにスイレンの上を幾つも、ぴょんぴょんと飛び渡っていって、団長がいるスイレンのすぐ隣のスイレンの上で、静かに聞いていた。
「おれとオンプーのことをもっと知りたいか」
団長がぼくにそう聞いた。
「ええ、聞きたいです」
ぼくはそう答えた。ぼくが静かに耳を傾けてあげることで、団長の心を少しでも癒やしてあげることができたら、それに超したことはないと、ぼくは思った。
「この前、話したように、おれとオンプーは幼なじみなのだ」
団長はそう言って、子どものころの話を懐かしそうに話し始めた。
「オンプーはオタマジャクシの頃は音符のような形をしていた。それで、おれはオンプーと呼ぶようになった。おれはオタマジャクシの頃は文を書く時に使うカンマのような形をしていた。それで、オンプーはおれをカンマ―と呼ぶようになった」
団長がそう言った。名前の由来を知って、ぼくは、思わず、くすっと笑ってしまった。
「お互いの形から、そのように呼ぶようになったのですね。面白い」
ぼくは団長に、そう言った。
「お前も、みんなから笑い猫と呼ばれているのだろう」
団長が聞いた。
「そうです。笑うことができる猫だから、そう呼ばれています」
ぼくはそう答えた。
「お前だって面白い」
団長がそう言った。
「団長は奥さんを初めて見た時に一目ぼれしたと、おっしゃっていましたが、そうなのですか」
ぼくは団長に聞いた。
「そうなのだ。初めて見た時に、びびびっとくるものがあったので、将来、オンプーと結婚しようと、まだオタマジャクシの頃に、おれは思った。そしてそれからずっとオンプーといっしょに青春時代を過ごしてきた。田んぼや畑に害虫の駆除に行く時はいつもいっしょだったし、夕方になるとおれは歌を作り、オンプーは心をこめて歌ってくれた。池の中で愛を語りあったこともあった。あの頃が懐かしくてたまらない」
団長がそう答えた。それを聞いて、団長がオンプーをいかに、いとおしく思っているかが、ひしひしと伝わってきた。団長は、さらに話を続けた。
「ある時、おれはオンプーに、プロポーズをした。承諾してくれるものとばかり思っていた。ところが意外だった。『遠くの田んぼで、わたしを待っている王子様がいらっしゃるから、わたしは、あなたとはいっしょになれない』と、オンプーが言った。それを聞いて、おれは失意のどん底に沈んだ。生きがいをうしなったおれは、自死することも考えた。でも考え直して、心から愛するオンプーが、しあわせになったら、おれもしあわせになれると考えるようになった。そしてそれからまもなくおれはオンプーに付き添って、王子様を探しに出かけることにした。途中で、もしオンプーが危険な目に遭遇したら、おれは自分を犠牲にしてでも全力をあげてオンプーを助けてあげることにしていた」
団長はそう言うと、ふーと、一息ついた。
団長の話に、ぼくはますます興味をかきたてられていた。
「それで、どうなったのですか。危険な目に遭ったのですか」
ぼくは団長に聞き返した。
「遭った、遭った。たくさん、遭った」
団長が、そう答えた。
「その話をお聞かせいただけませんか」
ぼくは団長にお願いした。団長は、うなずいてから話を始めた。
「ある時、大河を下っていた時、おれとオンプーは、大きな渦に巻き込まれた。泳ぎが達者なおれたちでも、対処できないほど大きな渦だったので、危うく、おれもオンプーも命を落としそうになった。幸い、どちらも、九死に一生を得たものの、それぞれ別の渦に巻き込まれたので、それ以来、おれとオンプーは別れ別れになってしまった。お互いに長い間、探し回って、一週間後にようやく遠く離れたところで再会することができた」
団長が、そう言った。
「そうでしたか。それは大変でしたね」
ぼくは、そう答えた。
「ほかにもまだ危険な目に遭ったことがある」
団長はそう言って、さらに話を続けた。
「ある時、川を下っていたら、目の前に大きな滝があって、気がつくのが遅れて、三十メートルほど落下して、滝つぼの中に沈んでしまった。落下する途中で、おれもオンプーも気を失ってしまったので、すぐに滝つぼの中から浮き上がることができないでいた。呼吸が止まる寸前に、おれは意識を取り戻した。近くにオンプーがいたので、オンプーをたたいて意識を取り戻させて、おれもオンプーもかろうじて、滝つぼの上に顔を出すことができた」
団長がそう言った。
「そうですか。そんなことも遭ったのですか」
ぼくは気の毒そうな目で、団長を見ていた。
「ほかにも危険な目に遭ったことがある」
団長は、そう言ってから、話を続けた。
「ある時、大きな魚に飲み込まれたことがあった。あの時は、もう助からないかと思った」
団長がそう言った。団長の話に、ぼくはますます興味をそそられていた。
「その話もお聞かせいただけませんか」
ぼくは団長にお願いした。団長はうなずいてから話を始めた。
「大河を泳いでいる時に、大きな魚が近づいてきて、おれとオンプーを飲み込んでしまった。おれとオンプーは魚のおなかの中で、もがきながら死を覚悟していた。ところが、おれとオンプーが激しくもがくので、魚はおなかがむずむずして我慢できなかったのか、飲み込んだものを外に吐き戻した。オンプーは魚の口から外に吐き出された。しかしおれは魚の喉にひっかかって外に出ることができなかった。おれはもう死ぬ以外ないのだと思って、少し物悲しくなった。でも愛するオンプーが無事に外に出ることができたのを知って、ひとまずほっとした。これからきっと王子様と巡り合って、しあわせに生きていってくれるだろう。オンプーの心の中で、おれがずっと生きてさえいれば、おれはとてもしあわせだ。そう思うと、オンプーが助かったのは不幸中の幸いだったとおれは思った。ところが思ってもいなかったことに、それからしばらくしてから、オンプーが、なんと再び、魚のおなかの中に入ってきた。それを見て、おれはびっくりした。『どうしたのだ。逃げたのではなかったのか?』おれはけげんに思って、オンプーに聞き返した。するとオンプーが『わたしは、あなたを見捨てて、自分だけ逃げていくような真似はしないわ。死ぬなら、あなたといっしょよ』と言った。それを聞いて、おれは泣きたくなるほど感動した。そして先ほどと同じように、魚のおなかの中で激しく暴れた。すると魚は今度もおなかがむずむずして我慢できなくなったのか、飲み込んだものを外に吐き出した。オンプーの体は今度も外に吐き出された。しかし、おれの体は今度もまた魚の喉にひっかかってしまった。でも今度は手で魚の喉を強く押し広げたので、かろうじて外に出ることができた。おれとオンプーは肩を抱き合って、いっしょに脱出できた喜びを分かち合っていた」
団長がそう言った。それを聞いて、ぼくはとても感動して
「団長と奥さんは心から深く愛し合っていて、生死をともにして生きているのですね」
と言った。団長は少し照れくさそうに、うなずいた。
「でもおれの心の中には依然として、オンプーを待っているという王子様のことが気にかかっていた。そこである日、おれはオンプーに、『王子様はどんなカエルなのか』と聞いた。するとオンプーは、顔を赤らめながら『ハンサムでたくましくて、運動能力にとても優れているカエル。歌も上手で、うっとりと酔わせてくれるカエル』と、答えた。それを聞いて、おれは、そのカエルに嫉妬を感じた。おれも顔はまあまあだと自分では思っていたし、運動能力にも自信があった。歌も上手だと思っているので、もし、その王子様と会ったら、どちらが優れているか競ってもいいと思っていた。もしおれがまさっていたら、おれはオンプーと結婚できる。そう思いながら、おれはオンプーといっしょに王子様を探す旅を続けていた。するとオンプーがある日、『わたしが夢の中で見た王子様は、姿かたちがあなたと、そっくりなことに気がついた』と言った。それを聞いて、おれはうれしくてたまらなくなった。それからまもなく、おれとオンプーは結婚した。それ以来、おれとオンプーは毎日いっしょに田畑に出かけて行って害虫を駆除した。夕方になると池に帰ってきて、おれはオンプーのために愛の歌を作って、心をこめて歌って聞かせていた。おれとオンプーのオシドリ夫婦はカエルたちの間でとても有名になり、おれは音楽的才能を認められて、みんなから合唱団の団長に推挙された」
団長はそう言った。ぼくはそれを聞いて
「奥さんが一番好きだった曲を歌って聞かせていただけませんか」
ぼくは団長にお願いした。すると団長は、うなずいた。それからまもなく団長は、深い情をこめながら、愛の歌を切々と歌い始めた。うっとりさせるほどの美しい歌だった。ぼくの心の琴線に触れて、涙がぽろぽろとこぼれてきてとまらなかった。
それからしばらくしてから、ぼくは心の中で、あることを、ふっと思いついた。
「団長、これからもう一度グルメ街に行ってみましょう。そしてその歌を歌ってください。もしかしたら奥さんの耳に届くかもしれません」
ぼくはそう言った。団長はうなずいた。
それからまもなく、ぼくと団長は夜更けのグルメ街に行った。店はもうすでにみんな閉まっていて、あたりはひっそりしていた。
「さあ、歌ってください」
ぼくは団長にうながした。団長が歌う美しいラブソングは、グルメ街の隅々にまで、ゆったりと、たゆたうように流れていった。ぼくは耳をぴんと立てて、どこからか小さな反応があったら、絶対に聞き逃さないようにした。
しばらくしてから、かすかに、遠くからカエルの歌声が聞こえてくるのを耳にした。その歌声はまろやかでつやがあるソプラノの声だった。団長が歌うテノールの声と呼応していて、ハーモニーのとれた美しい歌声だった。ぼくはそれを聞いて心が弾んだ。
(もしかしたら、あの歌を歌っているのは団長の奥さんかもしれない)
ぼくはそう思った。
「あれは間違いなく、オンプーの声だ。まだ生きていたのだ。よかった」
団長は歌うのを途中でやめてうれしさのあまり、泣き崩れていた。オンプーがまだ生きているのが分かって、ぼくもとてもうれしくなった。
歌声に誘われるように、ぼくと団長は、いそいそと歩いていった。するとやがて、あるレストランの前に来た時、その歌声は、そのレストランの中から聞こえているのが分かった。よく見るとそのレストランは今日の昼間、馬小跳と、彼の友だちが一番最後に入ろうとしたレストランだった。馬小跳たちがレストランに一歩足を踏み入れた途端に、店長がやってきて「ここは高級料理ばかりで値段も高いから、子どもだけで来るようなところではない」と言って、馬小跳たちを追い出していた、あのレストランだった。帰りがけに馬小跳が「この店にカエル料理はありますか」と聞いていたら、「ない」と、不愛想に、その店長が答えていた。でも、あれはうそだったのだ。ぼくはそう思って、とても不愉快な気持ちになった。子どもだからと言って、軽くあしらったあのレストランの店長が憎くてたまらなくなった。店を追い出された時、店の外に怪しい人影が見えたので、ぼくは追いかけていったが、姿を見失っていた。あの男がオンプーを、別の店から、この店に持ってきて売っていたに違いない。ぼくはそう思った。
店の中から聞こえてくるソプラノの歌声はとてもきれいだった。その歌声に合わせるように団長が再びテノールの優しい声で、語りかけるように歌い始めた。ひっそりとした夜の静寂の中をカエルの二重唱は、たゆたうようにゆらゆらと流れていた。営業が終わって、店がかたく閉まっていたので、中に入ってオンプーを助け出すことはできなかった。しかし、生きてさえいれば、助けることができる。ぼくはそう思って、心の中に希望の灯が明るくともるのを感じた。
今夜は、カエル合唱団の団員たちは、今までとは違って、歌うことをしなかった。団長の指揮がなければハーモニーのとれた美しい合唱をすることができなかったからだ。団長は今、最愛の妻であるオンプーのことで頭がいっぱいだったから、団員たちは誰ひとり、団長に指揮をお願いするものはいなかった。団長は今、ほろほろと、こぼれるように射し込んでくる月の光を浴びながら、スイレンの花の上で、ひとり静かにたたずんでいた。団長はもの想いにふけりながら、小さな声でつぶやくように、もの悲しい歌を歌っていた。愛別離苦の寂寥感が、その歌にはこめられていて、聞いていると思わず涙がこぼれそうになるほど、切なくて、ぼくの胸に深く響いてきた。居ても立ってもいられなくなってきたので、ぼくはすぐにスイレンの上を幾つも、ぴょんぴょんと飛び渡っていって、団長がいるスイレンのすぐ隣のスイレンの上で、静かに聞いていた。
「おれとオンプーのことをもっと知りたいか」
団長がぼくにそう聞いた。
「ええ、聞きたいです」
ぼくはそう答えた。ぼくが静かに耳を傾けてあげることで、団長の心を少しでも癒やしてあげることができたら、それに超したことはないと、ぼくは思った。
「この前、話したように、おれとオンプーは幼なじみなのだ」
団長はそう言って、子どものころの話を懐かしそうに話し始めた。
「オンプーはオタマジャクシの頃は音符のような形をしていた。それで、おれはオンプーと呼ぶようになった。おれはオタマジャクシの頃は文を書く時に使うカンマのような形をしていた。それで、オンプーはおれをカンマ―と呼ぶようになった」
団長がそう言った。名前の由来を知って、ぼくは、思わず、くすっと笑ってしまった。
「お互いの形から、そのように呼ぶようになったのですね。面白い」
ぼくは団長に、そう言った。
「お前も、みんなから笑い猫と呼ばれているのだろう」
団長が聞いた。
「そうです。笑うことができる猫だから、そう呼ばれています」
ぼくはそう答えた。
「お前だって面白い」
団長がそう言った。
「団長は奥さんを初めて見た時に一目ぼれしたと、おっしゃっていましたが、そうなのですか」
ぼくは団長に聞いた。
「そうなのだ。初めて見た時に、びびびっとくるものがあったので、将来、オンプーと結婚しようと、まだオタマジャクシの頃に、おれは思った。そしてそれからずっとオンプーといっしょに青春時代を過ごしてきた。田んぼや畑に害虫の駆除に行く時はいつもいっしょだったし、夕方になるとおれは歌を作り、オンプーは心をこめて歌ってくれた。池の中で愛を語りあったこともあった。あの頃が懐かしくてたまらない」
団長がそう答えた。それを聞いて、団長がオンプーをいかに、いとおしく思っているかが、ひしひしと伝わってきた。団長は、さらに話を続けた。
「ある時、おれはオンプーに、プロポーズをした。承諾してくれるものとばかり思っていた。ところが意外だった。『遠くの田んぼで、わたしを待っている王子様がいらっしゃるから、わたしは、あなたとはいっしょになれない』と、オンプーが言った。それを聞いて、おれは失意のどん底に沈んだ。生きがいをうしなったおれは、自死することも考えた。でも考え直して、心から愛するオンプーが、しあわせになったら、おれもしあわせになれると考えるようになった。そしてそれからまもなくおれはオンプーに付き添って、王子様を探しに出かけることにした。途中で、もしオンプーが危険な目に遭遇したら、おれは自分を犠牲にしてでも全力をあげてオンプーを助けてあげることにしていた」
団長はそう言うと、ふーと、一息ついた。
団長の話に、ぼくはますます興味をかきたてられていた。
「それで、どうなったのですか。危険な目に遭ったのですか」
ぼくは団長に聞き返した。
「遭った、遭った。たくさん、遭った」
団長が、そう答えた。
「その話をお聞かせいただけませんか」
ぼくは団長にお願いした。団長は、うなずいてから話を始めた。
「ある時、大河を下っていた時、おれとオンプーは、大きな渦に巻き込まれた。泳ぎが達者なおれたちでも、対処できないほど大きな渦だったので、危うく、おれもオンプーも命を落としそうになった。幸い、どちらも、九死に一生を得たものの、それぞれ別の渦に巻き込まれたので、それ以来、おれとオンプーは別れ別れになってしまった。お互いに長い間、探し回って、一週間後にようやく遠く離れたところで再会することができた」
団長が、そう言った。
「そうでしたか。それは大変でしたね」
ぼくは、そう答えた。
「ほかにもまだ危険な目に遭ったことがある」
団長はそう言って、さらに話を続けた。
「ある時、川を下っていたら、目の前に大きな滝があって、気がつくのが遅れて、三十メートルほど落下して、滝つぼの中に沈んでしまった。落下する途中で、おれもオンプーも気を失ってしまったので、すぐに滝つぼの中から浮き上がることができないでいた。呼吸が止まる寸前に、おれは意識を取り戻した。近くにオンプーがいたので、オンプーをたたいて意識を取り戻させて、おれもオンプーもかろうじて、滝つぼの上に顔を出すことができた」
団長がそう言った。
「そうですか。そんなことも遭ったのですか」
ぼくは気の毒そうな目で、団長を見ていた。
「ほかにも危険な目に遭ったことがある」
団長は、そう言ってから、話を続けた。
「ある時、大きな魚に飲み込まれたことがあった。あの時は、もう助からないかと思った」
団長がそう言った。団長の話に、ぼくはますます興味をそそられていた。
「その話もお聞かせいただけませんか」
ぼくは団長にお願いした。団長はうなずいてから話を始めた。
「大河を泳いでいる時に、大きな魚が近づいてきて、おれとオンプーを飲み込んでしまった。おれとオンプーは魚のおなかの中で、もがきながら死を覚悟していた。ところが、おれとオンプーが激しくもがくので、魚はおなかがむずむずして我慢できなかったのか、飲み込んだものを外に吐き戻した。オンプーは魚の口から外に吐き出された。しかしおれは魚の喉にひっかかって外に出ることができなかった。おれはもう死ぬ以外ないのだと思って、少し物悲しくなった。でも愛するオンプーが無事に外に出ることができたのを知って、ひとまずほっとした。これからきっと王子様と巡り合って、しあわせに生きていってくれるだろう。オンプーの心の中で、おれがずっと生きてさえいれば、おれはとてもしあわせだ。そう思うと、オンプーが助かったのは不幸中の幸いだったとおれは思った。ところが思ってもいなかったことに、それからしばらくしてから、オンプーが、なんと再び、魚のおなかの中に入ってきた。それを見て、おれはびっくりした。『どうしたのだ。逃げたのではなかったのか?』おれはけげんに思って、オンプーに聞き返した。するとオンプーが『わたしは、あなたを見捨てて、自分だけ逃げていくような真似はしないわ。死ぬなら、あなたといっしょよ』と言った。それを聞いて、おれは泣きたくなるほど感動した。そして先ほどと同じように、魚のおなかの中で激しく暴れた。すると魚は今度もおなかがむずむずして我慢できなくなったのか、飲み込んだものを外に吐き出した。オンプーの体は今度も外に吐き出された。しかし、おれの体は今度もまた魚の喉にひっかかってしまった。でも今度は手で魚の喉を強く押し広げたので、かろうじて外に出ることができた。おれとオンプーは肩を抱き合って、いっしょに脱出できた喜びを分かち合っていた」
団長がそう言った。それを聞いて、ぼくはとても感動して
「団長と奥さんは心から深く愛し合っていて、生死をともにして生きているのですね」
と言った。団長は少し照れくさそうに、うなずいた。
「でもおれの心の中には依然として、オンプーを待っているという王子様のことが気にかかっていた。そこである日、おれはオンプーに、『王子様はどんなカエルなのか』と聞いた。するとオンプーは、顔を赤らめながら『ハンサムでたくましくて、運動能力にとても優れているカエル。歌も上手で、うっとりと酔わせてくれるカエル』と、答えた。それを聞いて、おれは、そのカエルに嫉妬を感じた。おれも顔はまあまあだと自分では思っていたし、運動能力にも自信があった。歌も上手だと思っているので、もし、その王子様と会ったら、どちらが優れているか競ってもいいと思っていた。もしおれがまさっていたら、おれはオンプーと結婚できる。そう思いながら、おれはオンプーといっしょに王子様を探す旅を続けていた。するとオンプーがある日、『わたしが夢の中で見た王子様は、姿かたちがあなたと、そっくりなことに気がついた』と言った。それを聞いて、おれはうれしくてたまらなくなった。それからまもなく、おれとオンプーは結婚した。それ以来、おれとオンプーは毎日いっしょに田畑に出かけて行って害虫を駆除した。夕方になると池に帰ってきて、おれはオンプーのために愛の歌を作って、心をこめて歌って聞かせていた。おれとオンプーのオシドリ夫婦はカエルたちの間でとても有名になり、おれは音楽的才能を認められて、みんなから合唱団の団長に推挙された」
団長はそう言った。ぼくはそれを聞いて
「奥さんが一番好きだった曲を歌って聞かせていただけませんか」
ぼくは団長にお願いした。すると団長は、うなずいた。それからまもなく団長は、深い情をこめながら、愛の歌を切々と歌い始めた。うっとりさせるほどの美しい歌だった。ぼくの心の琴線に触れて、涙がぽろぽろとこぼれてきてとまらなかった。
それからしばらくしてから、ぼくは心の中で、あることを、ふっと思いついた。
「団長、これからもう一度グルメ街に行ってみましょう。そしてその歌を歌ってください。もしかしたら奥さんの耳に届くかもしれません」
ぼくはそう言った。団長はうなずいた。
それからまもなく、ぼくと団長は夜更けのグルメ街に行った。店はもうすでにみんな閉まっていて、あたりはひっそりしていた。
「さあ、歌ってください」
ぼくは団長にうながした。団長が歌う美しいラブソングは、グルメ街の隅々にまで、ゆったりと、たゆたうように流れていった。ぼくは耳をぴんと立てて、どこからか小さな反応があったら、絶対に聞き逃さないようにした。
しばらくしてから、かすかに、遠くからカエルの歌声が聞こえてくるのを耳にした。その歌声はまろやかでつやがあるソプラノの声だった。団長が歌うテノールの声と呼応していて、ハーモニーのとれた美しい歌声だった。ぼくはそれを聞いて心が弾んだ。
(もしかしたら、あの歌を歌っているのは団長の奥さんかもしれない)
ぼくはそう思った。
「あれは間違いなく、オンプーの声だ。まだ生きていたのだ。よかった」
団長は歌うのを途中でやめてうれしさのあまり、泣き崩れていた。オンプーがまだ生きているのが分かって、ぼくもとてもうれしくなった。
歌声に誘われるように、ぼくと団長は、いそいそと歩いていった。するとやがて、あるレストランの前に来た時、その歌声は、そのレストランの中から聞こえているのが分かった。よく見るとそのレストランは今日の昼間、馬小跳と、彼の友だちが一番最後に入ろうとしたレストランだった。馬小跳たちがレストランに一歩足を踏み入れた途端に、店長がやってきて「ここは高級料理ばかりで値段も高いから、子どもだけで来るようなところではない」と言って、馬小跳たちを追い出していた、あのレストランだった。帰りがけに馬小跳が「この店にカエル料理はありますか」と聞いていたら、「ない」と、不愛想に、その店長が答えていた。でも、あれはうそだったのだ。ぼくはそう思って、とても不愉快な気持ちになった。子どもだからと言って、軽くあしらったあのレストランの店長が憎くてたまらなくなった。店を追い出された時、店の外に怪しい人影が見えたので、ぼくは追いかけていったが、姿を見失っていた。あの男がオンプーを、別の店から、この店に持ってきて売っていたに違いない。ぼくはそう思った。
店の中から聞こえてくるソプラノの歌声はとてもきれいだった。その歌声に合わせるように団長が再びテノールの優しい声で、語りかけるように歌い始めた。ひっそりとした夜の静寂の中をカエルの二重唱は、たゆたうようにゆらゆらと流れていた。営業が終わって、店がかたく閉まっていたので、中に入ってオンプーを助け出すことはできなかった。しかし、生きてさえいれば、助けることができる。ぼくはそう思って、心の中に希望の灯が明るくともるのを感じた。

