2030→2024 渋谷スクランブル交差点で二人が出会うまでの物語

〈side美咲〉



私も思い切ったことをしたものだけど、一ノ瀬さんを家にお連れしてしまった。だって、時間的にご飯食べながらになるだろうし、

「2030年に来てしまったみたいですね!」

なんて話しを人目を気にせずできるとは思えない。



何より、一ノ瀬さんに見せたいものがあったからだ。

持ち歩いているノートPCでも事足りるけど、人目があるところで見せることはできない。



自分のマンションが変わってなくて良かった。

引っ越しもしてないし、部屋の中も大して変わってない。



部屋に一ノ瀬さんがいるという強烈な違和感と緊張を感じないようにして、女友達が来た時のように振る舞う。おかげで空回りしてたと思うけど、ちょっと無駄におしゃべりをしてしまい、変な女だと思われていませんようにと願うばかりだ。



人の未来は分からないものだ。

これはLYNXにだって予測不可能だったはず。私と一ノ瀬さんが、私の家で夕食を一緒に取っているなんて。自分で開発しておいてなんだけどAIでは分からない未来がある。



AIといえば、一ノ瀬さんがKAIの撮影をしたと聞いて感動してしまったけど、



「KAIって人間ですよね?」



とつい聞いてしまった。あまりにも完璧、あまりにも正体が不明、そんなスーパーモデルだからAI説が出ていたのでつい聞いてしまった。



「あぁ!AIなんて噂もあるよね。でも人だよ、これは業務上知り得た秘密じゃないからね。すごく真剣に撮影に挑んでくれてた。あと、気さくでよく笑う人だったね。ってこれはキャラクターイメージの問題もあるからSNS書き込みは禁止で」



一ノ瀬さんがわざと真顔で言うから笑ってしまった。

そんなことしませんと言うと、口止めもされてないんだけどと一ノ瀬さんは肩をすくめた。



食事が終わり、片付けを済ませた後。

私はダイニングテーブルの壁側にあるデスクトップの前に座ってモニターを点けた。

パスワードは5年前と同じだった。

中に入っているLYNXを開く。



「じゃあ、一ノ瀬さん、本題に入りましょう」



「はい」

一ノ瀬さんが背筋を正した。



「私のPCのLYNXは官公庁とか研究機関用に開発されたLYNXを個人用のLYNXにできないかいじくり倒したものなので、個人向けに開発した第一号というか、なのでLYNX-oneと呼ぶことにしますね」



「はい」



「あ、LYNXって、最初は官公庁や研究機関向けに開発した未来予測AIだったんです」



一ノ瀬さんはノートを開いて気になるワードを書いている。しごでき人間が使うイメージのイタリアのブランドノート。でもペンはセレスティアの社名が入った普通のボールペン。

と、つい一ノ瀬さん観察してしまう。



「はい、質問。感情のゆらぎの話はさっき聞いたけど、重複したらごめん。

2025年現在でもう普通に予測AIは実用化してたよね。でもクロノワークスがこの分野で成長したってことは、従来の予測AIと何か違ったわけだよね?」



私は少し考えてから口を開いた。



「はい、従来の予測AIって、未来を“点”でしか見せられなかったんですね」



「点……」



「はい、たとえば『午後三時に渋滞する確率70%です』って、数字を出すんですが」



一ノ瀬さんがうなずいた。

「予測ってそういうもんだと思ってるけど」



「LYNXは『午後一時に商業施設から人が流れ始めて、二時に合流地点が詰まり出して、三時に渋滞が発生する。そのあと迂回路の利用で五時に解消』って感じで、物語で未来を見せられるんです。」



一ノ瀬さんは驚いたというのが丸わかりな顔で、目を見開いた。

「なるほど、流れで見せるから予測に理由があって納得できる」



私は頷いて続けた。

「しかも単一のデータだけじゃなくて、政治、気象、交通量とかSNSの書き込み、全部つなげて、連鎖する未来を描けるのが強みですね。異種データのクロスシナリオ解析と言うんですが……

そんな感じで官公庁や研究機関向けのクロノワークスの官公庁向けLYNXは社会インフラとして評価されたんです」



一ノ瀬さんは深く頷いた。

「他のAIとLYNXの決定的な差か。なるほど」



一ノ瀬さんのペンが止まるのを待って私は続けた。

「先行する官公庁向けLYNXがあり、それを個人向けに開発しようという時の第一号が私のPCに入ってるLYNXーoneなんです。」



「第一号が君のPCってこと?」



「はい、で、さらに改良というか、改造を加えているので完全に私仕様のLYNXなんです。

だから勝手にoneと呼んでました」



「なるほど、1号機のoneであり、唯一無二のoneってことだ」



「はい、ちょっと中見たら、2025年の時よりさらに書き換えてるみたいで。とりあえずoneは機能が多いので、一ノ瀬さんとこの問題をお話しするには必要だと思って…」



ここまで前提、これからがほんとに本題。 

ところが、一ノ瀬さんが「待って待って」と言うから、私はマウスにかけた手を止めた。



「会社にライセンスがあるシステムをいじって個人で持ってるなんて会社にバレたら結月さんまずくないの?」



「あ、はい、それは大丈夫です。一応これ会社所有のPCになってて、会社にもoneのことは報告してるんです。コードを変えた時も必ず報告していて。」



「なら良かった」



「私、寝る前に急にひらめいたり、コードがうまく繋がることが多くて。実際、LYNXに“感情のゆらぎ”を組み込んだのも、私が寝る前に急にできたコードなんですよ。だから会社も、まあ、許してくれてます」



「AIの課題だった人の感を寝る前にパパッとおもいついたってこと?」



人の感情そのものではないですが、と一応訂正をしたうえで、



「人は迷うし間違えるものだということを計算に入れたという話ですよ」



というと、一ノ瀬さんは軽く頭を振った。



「素人からしたらそこに違いはないよ。会社も特例扱いにするはずだ」



一ノ瀬さんに羨望の目を向けられるのはどうも落ち着かない。

私は一ノ瀬さんに両手を合わせた。



「無給で残業してる状態なので労基にバレた時の方が大問題なんです……なのでこの件は諸々内緒でお願いしますね」



そう言うと、一ノ瀬さんは相好を崩した。



「分かる、労基が怖いのは俺もだしね」



私は、フォルダを開いて二つのデータを開いた。



「一ノ瀬さんはタイムリープの原因とか理由とか、何か心当たりはありますか?」