2030→2024 渋谷スクランブル交差点で二人が出会うまでの物語



※次回更新は年末年始になります

〈side 美咲〉

「どうぞどうぞ」

「お邪魔します、うわ、涼しい」

最終電車になり、遅いからと、悠真くんが送ると言ってくれて遠回りをさせてしまった上に、見せたいものがあるからと引き留めてしまった。

「リモートでエアコン入れました。便利ですよね。悠真くん疲れてるのに、引き留めてすみません、すぐ解放しますね」

「いや、それは全然」

「実は…これなんですけど」

私はバッグから眼鏡ケースを出して中のメガネを取り出した。

「それ、さっきかけてたね。眼鏡してるんだ?」

「これ、スマートウォッチなんです」

2025年の私は持ってなかったアイテムだ。

「あぁ結構今持ってる人多いよね、前から使ってた?どう?いい?」

「数日前に持ってることに気がついて……
画質も良くてバッチリ撮れてるはずです」

「まさか、さっきメガネしたの──撮ってたの?」

「はい、昨日と今日と。メモ取れないので、特に大事なところは。2人のデータとか、未来シナリオとか。すみません、これを伝えたくてお時間頂きました」

悠真くんが相好を崩した。

「抜かりないな、さすが。俺、馬鹿正直に頭に叩き込んだけど、忘れそうで怖かったんだよね。ちょっと見せてよ」

「了解です、ちょっとお茶持ってきますね」

私はPCを起動して、起動しただけにして、キッチンに移動した。

少しして、時間にして1分程度してから。

「ねぇ美咲?何かLYNX動かしてた?」

「いえ?」

「LYNXの画面で解析中って出てるけど」

私は氷を入れたタンブラーをそのままにPCに駆け寄った。

「え?なにこれ、何で?」

LYNXが立ち上がって動いていた。
私はマウスにも触れていなかった。
なのに、画面中央に黒いウィンドウが開いていた。

─────────
LYNX-one:バックグラウンド解析を再開しています
(前回の処理:因果構造解析/匿名ID-C/匿名ID-D)
─────────

「再開?これ、なんで?昨日の?エラーで止まった?」

悠真くんが私の肩越しに覗き込む。

「なに、どうしたの?」

「私、電源入れただけで……。昨日なんですが、社長と調べている時に奈美と凪の出会いがパンデミックの収束期間に影響する理由をLYNXに尋ねたんです」

「そしたら?」

「そうしたらエラーになったんです」

「エラー?」

「はい、要は説明できないと。これはそのエラーになった質問に答えようとしてるみたいなんですが」

ウィンドウが拡大し、進行バーが走り出した。

「再度解析させたわけじゃなく?」

「正直、今日は奈美と凪が同時に亡くなる未来に衝撃を受けてしまって……この質問したことも忘れてました。もちろん今、電源入れただけですし」

─────────
CausalLink Analyzer:再構成モジュール起動
前回中断ポイントを検出……復元中……
進行中……72%……84%……
─────────

昨夜と同じように進む。
でもでも今日は止まらない。

─────────
補助データストリーム統合中……
98%……100%
─────────

何かが現れる──
私は言葉にできない畏れのような感覚に悠真くんのシャツの袖を掴んだ。
指先が妙に冷たい。さっきグラスにいれようと氷に触ったせいかもしれない。震える。

肩に悠真くんの手が置かれ、無言で椅子に座るよう促される。
私は崩れるように椅子に体を預けた。
悠真くんは私の肩に手を置いたまま、横に立って画面を注視していた。

息を呑む。
画面が一閃し、決定的な文字列が現れた。

─────────
【解析結果:連結因子の復旧に成功】

主要因(Primary Causal Variable):定義完了

C=Nami Hasumi
D=Nagi Asahina

両者の接触イベントは、感染症拡散予測モデルに
統計的に有意な非線形影響を与えています。

差分因子の欠損箇所を再構成しました。

結論:
「CとDが接触しない未来」では、
以下の因子が生成されません。

 Aoi Asahina(匿名ID-E)

当該因子は感染症収束予測の主要ドライバーです。

【総合評価】
CとDの出会いは、
社会シミュレーション全体に対し
不可欠因子(Irreplaceable Variable)として分類されます。

※Aoi Asahina が存在しない未来では、
収束予測中央値は **+10年遅延** します。
─────────

私は息を吸うのを忘れ、口元を手で覆った。
LYNX、なんで?どういうこと?

「……アオイ アサヒナ……?2人のこどもってこと?」

そう言った悠真くんの手が、私の肩に置かれたまま動かない。

「あり得ない……これは、あり得ないです…」

私は悠真くんを見上げた。

「LYNXがまだ生まれていない人を、まして名前まで出して未来予測をするなんてあり得ないんです」



※次回更新は年末年始になります