2030→2024 渋谷スクランブル交差点で二人が出会うまでの物語

〈side 悠真〉
約束の21時少し前。

夜のクロノワークスは正面玄関はすでに施錠され、硝子越しに見えるロビーは暗く沈んでいた。
警備員が中に一人。
おそらく、外からは入れないけど、ある時間までは中から出ることができるのだろう。

砂時計と時計を組み合わせた大きなオブジェが空中に浮かんで回っていた。

ビルを見上げればまだ明かりがついているところが多い。どの企業も仕事環境は年々整備され、人の意識も大きく変わったとしても、納期に追われる仕事はどうしたって定時で帰れない日がある。
うちもそうだけどクロノワークスもそういう会社だろうし、明かりひとつひとつの部署で時間に追われながら忙しく働いている人たちがいる。
昨日まで自分が徹夜続きだったから、頑張れという謎のエールを明かりの向こうに送りつつ、言われた通り、裏口へ回った。

警備員室の明かりが煌々と灯っていた。
ドアを開けて中に入るとカウンターの向こうで端末を操作している中年の警備員が、こちらに気づいて顔を上げる。

「夜分すみません、セレスティアの一ノ瀬と申します。AI開発チームの結月さんと打ち合わせの約束をしております」

「今確認します、お待ち下さい」
警備員は感じよくにこりと笑みを見せたけど、眼光鋭く見定められたのを感じた。
警備員はデスク端の端末を操作すると、すぐに顔をあげてこちらにまたにこりと笑を向けた。

「確認いたしました、連絡しますのでお待ちください」

受話器を取り上げ、短く内線を入れる。
「結月さん、お約束されているセレスティア社の一ノ瀬様がいらっしゃっています。……ええ、分かりました、お願いします」

受話器を置くと、警備員は軽く会釈した。
「おかけになって少々お待ちください。今迎えに来ますので」

「ありがとうございます」

デザイナーズチェアだろうか、さまざまなデザインの椅子が並んでいる。夜間対応の来客なんて多くないだろうにこだわりを感じる。

自動ドアの向こうはロビーに繋がっており、あちら側は暗くよく見えない。
開いたエレベーターの明かりが漏れ出て時折、人が降りてくる。
その中で一目散にこちらに駆けてくる人影があった。
そうだろうと思ったけど、自動ドアの向こうに現れたのは、美咲だった。
自動ドアが開くわずかな間も足踏みしているから思わず笑ってしまう。

「一ノ瀬さん!」

そのまま駆け寄ってきたけど、警備員の視線に気づいたようで足を止めた。
一瞬だけ目を伏せ、控えめな笑みに変えた。

「お待たせしてすみません……って何で笑ってるんですか?」

「いや、ヒールなのに走ってくるから…」

可愛いなと思ってつい笑ってしまっただけなんだけど。

「お待たせしちゃいけないと思ったんですよ。
ちょっと待って下さいね…」

美咲はゲスト入館の手続きに警備員のいるカウンターに向かった。
髪を後ろで大きなクリップで留めてハーフアップにしている。初めて見る。いつも朝に見かける時は綺麗に整えた髪が肩の上で揺れているのが印象的だったから。

「では一ノ瀬さん、ご案内します」

急に畏まった声色でそう言って歩き出した。
俺は警備員さんに会釈して美咲の後ろについて自動ドアをくぐった。

扉が閉まったのを確認して一歩前に出て隣に並ぶ。

「今日声かけてくれてありがと」

「急にすみませんでした、お仕事は大丈夫ですか?まさかこの後徹夜じゃないですよね?」

「まさか。正直、あんなメッセージ見たら気になり過ぎて仕事にならなかったよ」

「すみません、昨日は私も衝撃過ぎて…返事頂いたのに寝落ちしてしまったし…」

そう言うと、美咲は目線を落とした。

「よく寝れたなら良かったよ」

「今日は来てくれてありがとうございます。色々話したかったので……悠真くんに」

悠真くんと呼ばれるのはむず痒い感じがするけど、いやなむず痒さじゃない。

エレベーターが開く。

「このまま社長室に行きます。今回、うちの会社の中枢のシステムを使っているので社長立ち会いの元という条件付きなんです。
それで社長の時間が空くこの時間に」

「そうなんだ、部外者の俺がいて大丈夫なのかな」

美咲がパネルを操作してエレベーターが動き出した。

「社長はバレたらまずいって言ってますけどね、それでダミーに私と打ち合わせを入れました。LYNXの大型アップデートに合わせて再度広告を打つってことで」

言いながらふふっと美咲が笑った。

「笑い事?」

「その時はその時だって言ってました」

「迷惑かけないようにするよ。ていうか、その大型アップデートに合わせて広告打つってのは本当の話し?」

「本当みたいですよ。私たちがこっちに来る前にスタートしてるみたいですけど、広報に聞いた話では世界観を変えないようにセレスティアさんにお願いしたいってことで既に打診中みたいですよ。」

「そっか…俺たちが来る前にか…まあこれは今俺たちがどうこうできる話しじゃないか…」

あとで広報の同期に連絡してみようか。
そう思ったところでエレベーターが止まった。

静まり返った廊下に出るとわずかに緊張が身体を走った。その緊張を打ち消すように後ろから声をかけた。

「髪、結んでるの初めて見た」

交差点で見かける時も、オフでも、綺麗に整えた髪を肩の上で弾ませていたから。

「あ、仕事中は邪魔だから留めてるんです、そのまま来たから…」

クリップを外そうとしたからその手を止めた。

「それも似合うよ」

今夜来社しなかったら一生知らなかったかもしれない、と大袈裟なことを考える。

「適当なのに恥ずかしいなぁ……あ、そうだ。これだけ先に伝えておきますね」

美咲が立ち止まって声を潜ませたから内緒話しかと思って一歩近づいて軽く身をかがめた。

「社長は知ってますので、その、私たちがタイムリープしたってこと」

「話したんだ?」

「はい……と言うか、知ってました。」

「知ってた?」

「はい、この話を2028年に──私から聞いてるそうです」

「……え?」

「私たち、2030年から2028年にタイムリープしたそうです。それで、2030年に私が助けを求めたら協力してって私から言われたそうです」

俺は言葉が出ず、廊下の真ん中で二人、無言のまま見つめ合うしかできなかった。

それが本当なら、過去と未来が入り乱れる中で、俺たちはどちらか今に取り残され、どちらかが別な時間に飛ばされることもこの先あるんじゃないか──


俺は何を怖がってるんだろうか?
知らない時間に飛ばされること?


「悠真くん──?」

美咲が俺の腕に触れた。

「あ、ごめん、びっくりして…」

怖いのは──
今目の前にいる、俺が知っている美咲と離れることだ。