2030→2024 渋谷スクランブル交差点で二人が出会うまでの物語

社長は背もたれに体を預けると、腕を組み目を閉じて低く唸った。

「時間跳躍──タイムリープ、か……」

「…はい、そういうことに、なるかと思います」

少しの間を置いてから、社長は身を乗り出して私に視線を向けた。その目は労るような、懐かしむような、優しい眼差しだった。

「そうか、よく話してくれたね」

驚きや怪訝な様子ではなく、感慨深く何かを噛み締めているように──

「……信じて、くださるんですか…?」

「わざわざこんな嘘を言うくらいなら申請理由を完璧に書いて出す方が簡単だろ?
それに…」

社長がふっと笑った。

「チチャモラーダゼリーが流行ってるしね」

脈絡なく飛び出したワードに面食らった。

「は、はい?チチャモラーダゼリー、ですか?」

社長はイタズラな顔を見せた。

「実はね、私は知ってたんだ。君が、2025年から2030年にタイムリープしたことを聞いていたからね」

軽い混乱を覚える。
聞いていた?誰から?

「…LYNX……ですか?」

言ってからはっとした。
何を私は……
一ノ瀬さんに説明したのは私ではないか。LYNXはタイムリープという事象を予測できないし、人の行動パターンとして認識していない。

社長はゆるく首を振った。

「LYNXは時空を越えるなんてことは予測できないよ。
結月君、私達の研究に終わりはないって思わないか?LYNXはまだまだ成長できる──よし!次は時空の揺らぎを研究しようか」

「社長……」

思わず笑みが溢れた。
こんな話しの中にも社長は好奇心を忘れない。
LYNX誕生の原点は社長のこうした好奇心だ。

「本気だよ?君からいくつかデータを取っておきたいけど、まあそれはまた今度だ。今は申し訳ないが時間がない。本題に戻ろう」

社長は私に手を向けた。何か言いたいことがあればどうぞという意味だろう。

「社長は誰から聞いたのですか…?」

社長は私を指さした。
迷いのない指先に、その意味が分からなかった。

「君だよ」

「私ですか?」

つい声が大きくなってしまった。

「そう、私はね、2028年に君からタイムリープしたことを聞いているんだ」

2028年──?
なぜと言いそうなところを社長が手で制した。

「君は2030年から来たと言った。2025年から2030年に、それから2028年に来たと言ったよ」

骨董無形な話を聞かされた社長が冷静なのに、今は私の方が軽い混乱を覚える。

「君はその時言ったよ、2030年にチチャモラーダゼリーが流行るって。その時は2030年の君を信じて協力して欲しいって」

昨日初めて味わった爽やかで甘酸っぱい紫色のゼリーの味が、楽しかった時間とともに胸に蘇る。

「一つ、まだ君の口から出ていないけど言い当てようか。セレスティア社のクリエイターの一ノ瀬君も一緒にタイムリープしてるよね?」

「──!」

ちょうど思い浮かべていた人の名前が飛び出してドキッとする。社長は本当に全てが見えているような気がしてしまう。

「はい、例の二人の内、男性にぶつかったのが一ノ瀬さんでした。彼も同じタイミングで…」

「そうか……私からしたら君たち二人の方がずっと運命的だと思えるよ」

社長まで私と一ノ瀬さんの間にあっただろうことを知っているのだろうか?

「なんてね。君と話したいことはたくさんあるんだけどさ。時間が限られてるから今はやめとこう」

私が何か言いたげなのを社長は笑顔で制した。

「さて、ここまでの君の話はおそらくこうだろう、違っていたら修正してくれ。
君と一ノ瀬くんがそれぞれ男女にぶつかった、すると2030年にタイムリープした。
その日付は2025年8月15日。
この日付の未来予測値を見るとパンデミック関連の数値が激変していた。
タイムリープというあり得ないことが起きた日にあり得ない数値の変動、これは無関係ではないと君は考えた。」

社長が私の反応を確認する。
私は「はい」とだけ答えた。

「一方、タイムリープのトリガーはどうやら人にぶつかったことだと仮定した。これは君と一ノ瀬君の状況的な共通点から。
また君がLYNXのMOS(もしもスイッチ)を使い過去シナリオを調べたところ、あったはずの出会いを君が壊していたことを知る。
その出会いとは誰と誰か。衝突シミュレーションの結果、君たちがぶつかった男女同士が本来はぶつかり出会うはずだったことを確認した。
合ってるかい?」

「全てその通りです」
そう私が返事をすると社長は頷いた。

「そして、残る謎は、何のために君と一ノ瀬君はタイムリープしたのか。なぜそれは2030年なのか。だね?」

「はい。それを知るには2人が何者か知る必要があると考えました。
そして、2人のそれぞれの未来シナリオを確認したいと思っています」

しばらく、無言で社長と視線が絡まる。
お互いの心の内側を確認しようとするように。

「管理モードを使いたい理由はよく分かった。
パンデミック関連でこの件は表向き厚労省に報告するためとして申請を通そう」 

「ありがとうございます!セキュリティ部の審査は厳しいと聞きます。大丈夫でしょうか」

「まずは申請書を正規の手順で出してくれ。あとは私がなんとかする」

社長の「私がなんとかする」はいつだって百人力だった。小さい頃、人混みの中で迷子になったとき、お母さんが見つけてくれた時の安心感に似た感情が湧き上がる。

「社長、ありがとうございます…」

庇護してくれる存在の大きさに、私は涙を堪えることができなかった。
今、その百人力を得て、光明が見えた気がした。