「俺は詳しいわけじゃないから的外れなこと言うかもしれないけど……
どう考えても、一社員が──いくら結月さんがLYNXのメイン開発者だとしても、簡単にアクセスできるもんじゃないよね?」
管理モードの存在を話すことにしたのは、悠真くんなら正しく理解してくれると信じているからだ。
私の能力を悪用しようとした人とは違う、常識と正義がある人だと信じているから。
「はい、事前に申請して、何重ものチェックが入って承認を得る必要があるんです」
それだけではない。
LYNXの心臓部は、何重もの鍵をかけた金庫のようなもの。
アクセス権限がある人は限られている上に、指紋や声での本人確認、鍵そのものを守る金庫があり、常に警備員が監視するシステム、出入りした人の記録、不審者がいれば即アラート──。
そういう層が重なっていて、どんな凄腕の侵入者でも突破できない仕組みが構築されている。
「当然ですが、24時間365日体制でセキュリティ監視センターが不正なログインや利用をリアルタイムで監視してます。
管理モードにログインした時点で即アラート。アクセスが切断されます。
そこで承認を得ているかどうか照合されて、不正ログインなら監査室からお呼び出しで場合によっては懲戒ものですけどね」
「まさか、そこを掻い潜ろうとしてあんなに思い詰めてたんじゃないよね?」
「……私は、アクセス権限を付与されていて、家のPCは会社のシンクライアント環境下にあるので……私のLYNX-oneからはいつでも管理モードにログインはできます」
「それは、LYNXの心臓部に、勝手に出入りできるということ?」
「残念ながらNOです。権限はあっても申請と承認がなければ一歩も進めないんです」
LYNXが社会的に信頼を勝ち得たのは盤石なセキュリティあってこそだ。
どんな攻撃的なクラッカーだって破れないセキュリティが内部の人間の不正も許さない。
「危ないことはできないってこと?」
「……はい」
「間が気になるけど、まぁ何か危険なことをする気じゃないならいい」
本当のことを言うと、セキュリティを破ることはできないけど、運用上の隙を突くことは出来る。
形跡を残さないというのは不可能だから懲戒覚悟でなら必要な情報を盗ることはできるかもしれない。
「問題は、承認を得るだけの理由がないってことなんですけどね。それでどうしようかなと…」
「だめだよ、危ないことは」
「心配しないで下さい、大丈夫です。正攻法でいきますから」
「正攻法?」
「はい、社長の承認を直接得ます。場合によってはタイムリープのことを話そうと思います」
「……え?」
「場合によっては、ですよ。大丈夫です、私は社長の人となりをよく知ってます。
なにせLYNXなんてものを作り出した人ですよ?あり得ないことに寛容な人です」
就活中は通信系やメーカーからも内定はもらっていた。確かにAI活用の最前線には立てるけれど、大きな会社は異動や方針変更で研究が流されるのが不安だった。
そんな中で私が一番惹かれたのはまだ無名で小さな会社だったクロノワークスだった。
未来予測AIなんて、あの頃誰も本気にしてなかった。そんな研究を本気でやっていて、私の『感情の揺らぎをコード化する』研究がダイレクトに重なるし、自由度も高いと思った。
「君の研究は、まだ誰も見たことがない世界に繋がっている。私はそこに賭けたい。君自身にもね」
そう言ってくれた社長とこの世界を駆け抜けたいと思ったことを思い出す。
社長なら見たことない世界を信じてくれる──



