2030→2024 渋谷スクランブル交差点で二人が出会うまでの物語


「あの……悠真さん」

「は、はい」

………。

「後輩のみなさんも悠真さんって呼んでるのに、なぜ私が呼ぶと飛び跳ねるんですか…」

「ごめん、違うんだ、あのさ……、体の記憶なのかなって思うことない?」

「体の記憶……ですか」

私は、一ノ瀬さんの笑顔を見ると泣きたくなる時がある。それがそうなのか、分からないけど。

「なんかね、胸が痛いっていうか、苦しいっていうか、ざわっとする感じがある。
前に、仲良かった時のことを思い出してるのかな」

記憶の底で気がついてとサインを出しているような──?
私には分からない感覚だった。

「哀しいとか嬉しいとか感情としてはっきり認知できないけど、心が動かされているってことですか?」

「喜怒哀楽のどの方向の感情かは感じているんだけど。
三神から俺が美咲ちゃんって呼んでた話しは、何でか胸がこう…苦しいというか切ないというか懐かしいというか。これは哀しいに近い感じ」


「分かりました、前と同じことはやめましょう。
悠真さんも美咲ちゃんもなしです。
でもこれを逃すと機を逸してしまいそうなので、嫌なら言って下さい。
──悠真くん、って呼んでもいいですか?」

三神さんに便乗して、これを機に仲良くなりたいけど、馴れ馴れしい女になりたくない。

「うん、じゃあ俺は美咲さんかな。ん?三神と同じか、なんか怒られそうだけど」

「さん、はなしでお願いします、うちも職場はフランクな感じで同期や先輩は呼び捨てなので、
私もその方が慣れてるというか」

悠真くんは周りを見回してから、声を落として私にまっすぐに目を向けた。

「じゃあ早速だけど──あのね、美咲」

「ひっ…ひゃ…ぃ…」

ついチチャモラーダゼリーのカップで顔を隠した。

これは職場がどうとかの話しじゃない。
目を見て名前呼ばれた時の破壊力──とんでもない。

だって、ずっと前から素敵な人だなって思ってた人だから。一気に距離が縮まった実感が押し寄せてきてこれはやばい。

ははっ、と悠真くんが笑った。

「なんだよ、何で今度はそっちが照れてんだよ?慣れてるんじゃないの?」

カップを取り上げられる。
加虐心を煽ってしまったのか、こういう意地悪するんだ……覚えておかなきゃ。

「き、気にしないで下さい。返して…」

手にカップが戻る。
もう喉を通る気がしないけど何か掴んでないと落ち着かなかった。

「あのね、昨日の電話の話しだけど。一体何をしようとしてるの?」

私も周りを見回した。
会話が聞こえる距離に人はいない。


「今日は辺に人がいないなんてシチュエーションはないと思ってたけど、思いがけずこんなんだから聞いちゃうけど」

私はひと呼吸おいて、心を鎮めてから答えた。

「LYNXの管理モードを使おうと思ってます」

「管理モード?」

「はい、社内で最高機密レベルのシステムでファイアウォールのさらに奥にあるコアシステムです」

正式にはLYNX Authority Modeというこのシステムは、まさにLYNXの心臓部ともいえるものだ。

悠真くんがぽつりと言った。
「神の視点に直結するインターフェースってことか……」