「あの……悠真さん」
「は、はい」
………。
「後輩のみなさんも悠真さんって呼んでるのに、なぜ私が呼ぶと飛び跳ねるんですか…」
「ごめん、違うんだ、あのさ……、体の記憶なのかなって思うことない?」
「体の記憶……ですか」
私は、一ノ瀬さんの笑顔を見ると泣きたくなる時がある。それがそうなのか、分からないけど。
「なんかね、胸が痛いっていうか、苦しいっていうか、ざわっとする感じがある。
前に、仲良かった時のことを思い出してるのかな」
記憶の底で気がついてとサインを出しているような──?
私には分からない感覚だった。
「哀しいとか嬉しいとか感情としてはっきり認知できないけど、心が動かされているってことですか?」
「喜怒哀楽のどの方向の感情かは感じているんだけど。
三神から俺が美咲ちゃんって呼んでた話しは、何でか胸がこう…苦しいというか切ないというか懐かしいというか。これは哀しいに近い感じ」
「分かりました、前と同じことはやめましょう。
悠真さんも美咲ちゃんもなしです。
でもこれを逃すと機を逸してしまいそうなので、嫌なら言って下さい。
──悠真くん、って呼んでもいいですか?」
三神さんに便乗して、これを機に仲良くなりたいけど、馴れ馴れしい女になりたくない。
「うん、じゃあ俺は美咲さんかな。ん?三神と同じか、なんか怒られそうだけど」
「さん、はなしでお願いします、うちも職場はフランクな感じで同期や先輩は呼び捨てなので、
私もその方が慣れてるというか」
悠真くんは周りを見回してから、声を落として私にまっすぐに目を向けた。
「じゃあ早速だけど──あのね、美咲」
「ひっ…ひゃ…ぃ…」
ついチチャモラーダゼリーのカップで顔を隠した。
これは職場がどうとかの話しじゃない。
目を見て名前呼ばれた時の破壊力──とんでもない。
だって、ずっと前から素敵な人だなって思ってた人だから。一気に距離が縮まった実感が押し寄せてきてこれはやばい。
ははっ、と悠真くんが笑った。
「なんだよ、何で今度はそっちが照れてんだよ?慣れてるんじゃないの?」
カップを取り上げられる。
加虐心を煽ってしまったのか、こういう意地悪するんだ……覚えておかなきゃ。
「き、気にしないで下さい。返して…」
手にカップが戻る。
もう喉を通る気がしないけど何か掴んでないと落ち着かなかった。
「あのね、昨日の電話の話しだけど。一体何をしようとしてるの?」
私も周りを見回した。
会話が聞こえる距離に人はいない。
「今日は辺に人がいないなんてシチュエーションはないと思ってたけど、思いがけずこんなんだから聞いちゃうけど」
私はひと呼吸おいて、心を鎮めてから答えた。
「LYNXの管理モードを使おうと思ってます」
「管理モード?」
「はい、社内で最高機密レベルのシステムでファイアウォールのさらに奥にあるコアシステムです」
正式にはLYNX Authority Modeというこのシステムは、まさにLYNXの心臓部ともいえるものだ。
悠真くんがぽつりと言った。
「神の視点に直結するインターフェースってことか……」



