2030→2024 渋谷スクランブル交差点で二人が出会うまでの物語

〈side 美咲〉

2030年に大流行中のチチャモラーダゼリーを手に、海が見えるテラス席に来ると、
イベントの喧騒は遠く、人影も意外なほどまばらだった。

海からの風が涼しい。
建物の壁に沿って置かれたベンチに腰を下ろすと、一ノ瀬さんは深くため息をついて天を仰いで言った。

「なんか、心労が……ごめん、結月さんの方が疲れたよね。あんな得体の知れない奴に絡まれて」

私は笑ってしまったけど、少し開けて隣に座った。

「楽しかったですよ。ただ……やっぱり人間関係の記憶がないのはどうにこうにもですね」

三神さんは同期だから以上に、一ノ瀬さんと親しい雰囲気だったし、私に向ける目も優しいけど言葉以上に物言いだげだった。

「うん、分かる。俺、会社からすでに病院行けって言われてるし」

ゼリーを吸い込みながら、一ノ瀬さんがぽつりと言う。

「……これ、疲れた心に沁みるな。ワイン? サングリア? みたいで。甘すぎないのがいい」

「確かに。私は練乳ゼリーを足したから、ちょうどよかったですけどね」

しばらく無言でゼリーをすすった。

どうしよう。
悠真さんって、呼んでいいのかな。
そんな事ばかり考えて胸が落ち着かない。

ちらっと横を見ると、一ノ瀬さんもこちらを見たから目が合った。

「どうかした?」

「いや、その……悠真さんって呼んでいいのかなって」

一ノ瀬さんが盛大にむせた。

「一ノ瀬さんこそ、どうかしたんですか?」

「ゲホッ……いや、その、練乳ゼリーって甘すぎないのかなと思って」

「甘ったるいのが練乳のいいところですよ」

一ノ瀬さんはごまかすようにゼリーを吸い直した。それから少ししてから、一ノ瀬さんは視線を落としたまま言った。

「……こうやって同僚や友達に会う可能性があるなら、結月さんに言っておくべきだったなって思って反省してたんだけど」
 
そう言いながらまだ言うのを迷ってるいるように一ノ瀬さんはひと呼吸置いた。

「LYNXのリリースのときに、俺たちが仕事で関わったって話しは知ってると思うけど……」


ああ──
何を言おうとしているのか分かってしまった。
一ノ瀬さんも知っていたのか。私と一ノ瀬さんの間にあったことを。

「その時、俺、結月さんに猛アプローチして、振られてるらしいんだよね」


何かリアクションしなきゃと思うのに、実際の私は小さく「そう…なんですか…」と小さく呟くしかできなかった。

「なんて困るよね、言われても。俺たちが知らないことを掘り下げるつもりで言ったわけじゃなくて……」

話がいやな方に流れそうな気がして頭がスッと冷え始める感じがする。

「ただ、俺の同僚とか知ってる人に会えばこうやって二人でいるとただの友人関係とは思ってくれない、ってことを話しておくべきだったなと。ごめんね」

「そんなの、私は気にしてないです」

「まぁ俺がこうやって遊びに誘ったりしなきゃいいだろって話しなんだけどさ」

もう、今日みたいなことはしないと言われているようで、距離を置かれるのが怖くて、私は思わず口を開いた。

「私は一ノ瀬さんともっと仲良くなりたいって思ってます」

一ノ瀬さんが驚いたように、きょとんと私を見た。
ばか、私!本音そのまま言ってしまった。

「あ……すみません変な言い方しちゃいましたけど、そうじゃなくて…」

慌てて言葉を足す。
言葉を間違えたら一ノ瀬さんが離れてしまう気がして焦りだけが募る。

「私が頼れるのは一ノ瀬さんだけだし、私にできることがあるなら一ノ瀬さんの助けになりたいと思ってます。
だからその、仲良くってのは、信頼できる良い関係でいられたらって意味で……」

友達でもない、何の関係でもないことを痛感する。
ただ、何か大きな力に一緒に巻き込まれただけの──

「俺も、前のこととか関係なく、結月さんと仲良くなりたいと思ってる」

三神さんと別れてから、一ノ瀬さんの顔はどこかずっと曇っていた。やっと笑顔を見せてくれたその顔に胸がぎゅうっと苦しくなった。