2030→2024 渋谷スクランブル交差点で二人が出会うまでの物語

三神は前のめりになり、結月さんをのぞきこんだ。

「美咲さん、うちは業界がそうなんですけど、割とフランクに呼び合うんですよ。なぜか僕たち同期は苗字呼びなんですけど。ね、一ノ瀬」

藪から棒に……

「確かに。そういう風習だって知る前に新人研修でもう呼び合ってたせいかも」

三神は頷いてるけど聞いてなさそうだった。
俺が言い終わる前から被せ気味に、

「まぁそんなわけで一ノ瀬もかしこまって呼ばれ慣れていないので気楽に呼んでやってください。一ノ瀬と」

そう言った。結月さんが吹き出した。

「一ノ瀬さんを一ノ瀬とは呼べないですよ!」

「じゃぁ、悠真さん、あたりでどうです?」

三神からしたら3年前の時間があってのことだけど、実際はまだ数日前に出会ったばかりなんだぞ──

「悠真さん……馴れ馴れしいのでは…」

三神は結月さんに笑顔を崩さない。
どういう心境からくる顔なんだ、あれは。

「前はそう呼んでましたし、慣れた呼び方の方が見ているこちらもしっくりきます。よそよそしいのはむず痒くて膝カックンしてやりたくなります」

結月さんが俺に助け船を求める視線を送ってきた。
その向こうで三神が俺に合図するようにあごを上げた。

「……慣れ慣れしくないので、一ノ瀬でもなんでも呼びやすいように呼んで下さい」

言って恥ずかしさに耐えられず両手で顔を隠した。名前呼びの問題はまだ覚悟ができていなかった。

結月さんが俺の腕をベシっと叩いた。

「そこで照れないで下さい──悠真さん」

「……すみません」

なんだこれ。嬉しいくて哀しい感じ。胸の奥がチクッと刺されたような、小さな痛みがじわじわと広がる感じ。

顔を上げられない俺に三神が追い討ちをかけた。

「そうだぞ、一ノ瀬。前は美咲さんを見れば美咲ちゃん美咲ちゃんって子犬のようにまとわりついていたくせに」

俺は気持ちを落ち着けようと口に入れたペットボトルのお茶を吹き出しそうになった。
美咲ちゃん、だと…?

「ま、前は前、今は今」

多少の誇張はあれど、自分の姿が想像できていやになる。
三神はやれやれと両手を上げた。

「一ノ瀬はプライベートが本当にカッコ悪いな。
まあでも、僕はまたこうして二人に会えて安心してるんだよ、二人が友人関係だとしてもね」

「三神さんは一ノ瀬さんが好きなんですね」

「悟です。まあ、嫌いじゃないし信頼してるので、割と好きということになりますね」

三神と結月さんが微笑み合っていた。

気持ち悪いこと言うなという気もするけど、三神は三神なりに心配してくれていたんだろう。
ずっと、俺の知らない俺を。
感謝の念を少し抱いたところ三神がぶっこんできた。

「僕の主観だけど、リンクコーデしてる男女がただの友人関係というのは説得力ないけどね」

──!!

「ちがっ、おまっ言うなよ、たまたまだって!」

リンクコーデにお互い気付きながらも触れずに来たというのにあっさり言ってくれたな…。
俺は白いシャツにコバルトブルーのパンツ。
結月さんはジーンズにオーバーサイズの白いシャツ、その中にブルーの何かTシャツかタンクトップかを着ている。このブルーが俺のパンツと同じ色だった。

結月さんはふふっと笑って言った。

「リンクコーデに見えましたか?そう見えたなら今日はいい組み合わせだったかな、オシャレはあまり自信がなくて…」

大人だな、結月さんは。余裕のある返答に頭が下がった。

「美咲さんはとても素敵ですよ。一ノ瀬がみすぼらしく見えるほどに」

三神が相変わらずの笑顔でそう言ったけど、その通りだから異論はない。

「さて、僕はそろそろ行こうかな。美咲さん、これよかったら差し上げます。出口付近の大きなブースで使えますから」

普通に渡せばいいものを、指に挟んで差し出した。

「わあっ、チチャモラーダゼリーの引き換え券!いいんですか?」

「もちろんです。関係者用のチケットで並ばずに無料で引き換えられますから」

「ありがとうございます!み…悟さん」

「いえいえ。一ノ瀬はまだ遠慮してるようですけど、以前のように美咲ちゃんと呼んでも許してやってくださいね」

去り際に俺の肩を叩いて三神は言った。

「僕はね、これでも完璧に計算してるんだよ、何事も。余計に見えてそうじゃない」

ふふふと笑いを漏らしながら、去っていった。