ドアを開けると、一ノ瀬さんは両手いっぱいに袋を抱えていた。
「ちょっと買い過ぎた!ここの商店街すごいな、二駅違うだけなのに実は初めてなんだよね」
受け取りながら私は笑ってしまう。
「二駅違うと、流れる時間まで違う感じしますよね。ありがとうございます。暑かったでしょう、良かったら畳で寝っ転がってもいいですからね」
タオルを渡しながら部屋の隅の畳を指さすと、
「気になってたんだよね、アレ。いいの?」と力なく言うから「どうぞどうぞ」と勧めると彼は嬉しそうに横になった。
「私、ソファでうたた寝すると体が痛くなるんです。ストレッチしたり。いいですよ、畳」
「うわ、この硬さ、最高に気持ちいいな…」
冷蔵庫に食材をしまいながら、畳の上で長い手足を投げ出している姿に思わず頬がゆるんで口元を抑えた。
ところが、彼は急にガバッと起き上がった。
「グラフィック、3Dにしたの?この短時間で?」
画面では低ポリゴンの人型シルエットが交差点を行き交っている。一ノ瀬さんはそれが目に入った途端に弾かれたように反応した。
「ちょっと気になることがあって。3Dの方が見やすいかなと思って」
「……さすが天才プログラマー」
「やめて下さい、これくらいは今は小学生でもできますよ」
「本当に?小学生すごすぎ……気になることって?」
彼はもう畳に寝そべっておらず、胡座でこちらを向いていた。私も椅子に座るとそのまま体を後ろに向けて一ノ瀬さんに問いかけた。
「一ノ瀬さん、あの時のこと、何か、もっと覚えてますか?」
「何か、もっと…」
一ノ瀬さんは考え事をする時目を閉じる。
「はい、私は相手の人がバッグを落として、それを拾って渡したんですけど」
私の言葉に閉じた瞳をぱっと開けた。
「俺もだよ。相手のバッグを拾って渡した」
──!
やっぱり、そんな気がしていた。
「どっちの手とか、落ちた場所とか覚えてますか?」
「右手に持ってたな。位置は彼から見て三時方向に吹っ飛んだ」
# A 不在
scene.remove(A)
# 衝突イベント
if C.collides_with(D):
D.bag.apply_force(direction=(1,0,0), power=5) # 3時方向(右へ)
私が打ち込んでいると背後に一ノ瀬さんの気配。もう起き上がったらしく、右手を私の背もたれに、左手をテーブルについて画面を見ている。
「終わったら声かけますよ?休んでていいのに」
「結月さんが凄い勢いでコード打ってるの見るの好きなんだよね」
さ、さようですか…
一ノ瀬さんは、人の心に入るのが上手い。距離の詰め方も。そういう人なんだと思う。向ける柔らかい笑顔とか、優しさとか、それは彼の人柄であって、誰に対してもそうなのだろう。
「よし、じゃあ一ノ瀬さん、いきますよ。
まずは私が不在のパターンです」
一ノ瀬さんが無言で頷いたのが分かって私はスタートボタンを押した。
青と緑が衝突。すると、
Dである緑の人の手からバッグが離れてDの右方向——三時の方角へ飛ぶ。
そこは Bが駅に向かう軌道上。
駅に向かって横断歩道を歩いて来たBがDのバッグにぶつかり×印がついた。
未来線は青と緑がぶつかった瞬間、少し跳ね上がったものの、 BがDのバッグにぶつかると安定した。
私と一ノ瀬さんは無言で顔を見合わせた。
「君と Bがぶつからなければ、Bがバッグを拾ってDに渡すってこと?」
一ノ瀬さんは言いながら隣に座った。
私は Bがバッグを落としたのを思い出した時に、一つの予感があった。 Dが拾うことになるんじゃないかと。
一ノ瀬さんからDがバッグを落としたと聞いた時にはその逆が起こると確信めいたものがあった。
「じゃあ次は……、一ノ瀬さんが不在のバージョン、いきますね」
答え合わせのスタートボタンを押した。



