2030→2024 渋谷スクランブル交差点で二人が出会うまでの物語

仕事が決まる瞬間は、プレゼンで勝ち取るにしても指名での仕事の時も、双方の熱い想いが交差するような瞬間がいい。
なんて、昨晩のことを思い出しながら、無駄に距離を走って、ようやくシャワーと支度を終えた。

ようやく9時──!

同じ路線で二駅違い。
生活圏が違うとはいえ近い場所に暮らしていたことに驚く。
10分前には結月さんのマンションの前に到着したけど、ピンポンしていいのか、9時5分頃がいいか、馬鹿みたいに悩んで、結局あと5分は待てずに9時ちょうどにエントランスのインターフォンを鳴らした。

「うわっ、びっくりした…おはようございます、一ノ瀬さん」 

インターフォンから返ってきた結月さんの思いがけない言葉。
びっくりした?
来ると思ってなかった?
約束間違えたかなと昨日の電話を反芻する。

「おはようございます、この時間で大丈夫でしたか?」

「もちろんですよ、開けますね。迎えに行くのでベンチにいて下さい」

扉が開く。

「あ、大丈夫、部屋分かりますよ」

「助かります、着替えてなくて。お待ちしてますね」

着替えてなくて…
なんというか、今まであまり女性の言葉に動揺させられた経験がないけど、付き合ってた人でさえ。でも、結月さんの一言一言に心が落ち着かず振り回される。

できるだけゆっくり到着した方がいいかと思い、4階まで階段で向かう。
ドアのインターフォンを鳴らすとすぐにドアが開いた。

「おはようございます、どうぞお入り下さい」

──!
今度はこっちが驚く番だった。いつもと違う結月さんがいる。

朝に見かける結月さんは、スカートとヒールで肩で髪を弾ませて歩く姿が印象的だった。
それとはまた違う雰囲気で、ゆるっと感のあるオーバーサイズのTシャツとショートパンツは同色のオートミールカラー。短過ぎないにしてもショートパンツからするりと伸びる彼女の脚、これは目のやり場に困る。

「そうだ結月さん、これ良かったら会食で行ったホテルのチョコレートですけど」

「いいんですか?うわぁ、高級ホテルの高級チョコレート!あ、座って下さいね、床じゃなく」

受け取った袋を目の高さに掲げて顔を綻ばせる結月さんを見て、こんなに喜んでくれるなら、今度は何を渡そうかと考えてしまう。

「結月さん、きっと頭使ってるから脳に糖分必要かなと思って」

「チョコレート大好物です。一ノ瀬さんは手土産のセンスも抜群ですね、さすが世界の一ノ瀬!」

「なんですかそれ」

「昨晩同僚とメッセージのやり取りをしていて、一ノ瀬さんのこと、そう呼んでましたよ」

なんで俺の話題に?なんの話し?
聞きたかったけど、俺がこの5年間の間に結月さんに振られた話しかもしれないし、あまり追求しないでおきたい。

「世界のは言い過ぎだけど、この5年間の俺の仕事は確かに凄いなと思うよ」

他人事のように冗談めかすと、結月さんも笑った。

「他人事みたいに言いますね!まあ…この5年間のことを自分の成果だって胸を張れない気持ちは──私も分かります」

昨晩、俺の中にあったモヤモヤしたものを結月さんがあっさり言葉にした。
今の自分と過去の自分が別人のようで、折り合いをつけれない。結月さんも同じなのかもしれない。

「すみません、ちょっと着替えてきますね」

着替えなくてもいいのに、十分かわ……いや、これ以上考えるなと自制。

テーブルの椅子の一つに座ると、広げたノートが目に入る。見るつもりはなかったけど、いくつかのメモの中に「一ノ瀬さん」という文字が見え、思わず目が留まる。

A私、B一ノ瀬さん、C女性、D(男?)
Cと一ノ瀬さん?
CとD?

結月さんは何をメモしていたのだろう。あまり見てはいけないだろうと目を逸らしたけど。
結月さんが隣の部屋から扉越しに言った。

「一ノ瀬さん、私、タイムリープの原因、多分分かりました」

「タイムリープの原因……」
一度呟いてみないと何を言われたのかわからなかった。

「え、ええ?!分かったの?!なんで?!」

「一ノ瀬さん、あの時、人にぶつかったって言ってましたよね?」

言いながら部屋から出てきた結月さんは、マキシ丈の黒のワンピース。足元まで隠れいるけど、今度は腕がするりと見えるノースリーブ。

「はい…ぶつかりましたね、激しく。男性だったと思います、20代半ばかな、俺より若いと思いましたけど」

「私も女性にぶつかって、それから目眩がしました。
LYNXは──、私が彼女にぶつからなかったら、あの交差点では一つの出会いが生まれたと言っています。」

LYNXが示唆した一つの出会い。
結月さんがノートにメモした意味が、なんとなく分かった気がした。