道すがら、三神が俺の肩を叩いた。
「一ノ瀬、正直、ブライダルチームに遠慮するなんて君らしくない。LYNXん時の勢いはどうした?」
LYNXの広告すべての陣頭指揮を取ったあの俺は、俺にとっては未来であって、今の俺ではない。
けど、あの時と今が違うのは分かる。
LYNXは全くの新規だった。しかも初めて世に出る怪物のような、未知のものを世界に伝える使命に燃えたはずだ。
リコ・キリュウは違う。うちのブライダルチームが長年そのブランドイメージを守り抜いてきた。
2030年の俺だったとして、絶対に迷ったはずだ。
「いくらうちが独立系で多少自由な社風とはいえ、社内のバランスを気にしないわけにいかないだろ」
「ますますらしくないな。全部俺がやると上層部に直談判した君なら今回だって意気込んでやると思ったんだが?」
三神には言えないけど、正直俺でいいのか?という思いはある。
この5年間の代表的な仕事を見ただけでも錚々たるブランドが並んでいる。リコ・キリュウ側が俺の知らないこれまでの仕事を評価して依頼しているのは明白で、
だからこそ俺でいいのか?と思わないではいられない。
自分が成し遂げたわけではない実績を評価されての依頼だという現実に、どう向き合えばいいのか分からないでいる。
黙り込んだ俺を三神が肘で突いて来た。
「まあ、あの時は君の原動力は他にあったからな。しかし今回も君には原動力があるとかないとか?」
「何の話しだよ」
「僕には不思議と情報が集まるんだが、昨日から君は社内でなかなか噂だぞ?一ノ瀬悠真が定時で帰った、女ができたに違いない、とな」
「定時で上がっただけでそんな噂になるかよ」
「昨日は女性と一緒に買い物していたとか、降りるべき駅でおりずに女性と肩を並べて降りたとか、噂だぞ」
すごいな、どこでだれが見ているんだか。
恋人のかげがチラついただけで噂になるって、そんなに俺は恋愛に縁遠かったのか?
三神が咳払いを一つ、いつもより一段低いカッコつけた声で言った。
「『お疲れ様です。今夜は急にクライアントとの会食が入ってしまい、伺えそうにありません。結月さんのカレー楽しみにしていたのにとても残念です号泣絵文字。明日、ご迷惑でなければ伺ってもいいでしょうか?』」
「おい……」
「一ノ瀬くんね、君、これ送った先が女でないならちょっと怖いぞ」
「見たのか?」
スマホに除き防止のシートを貼っているのになぜ。
「見えた・だ・け。君がさっき電車ん中で、無防備に打ってたからな」
「付き合ってるわけじゃない、他言するなよ、頼むから」
「結月さんと似た女と別れたと思ったら、今度は同じ名前の女か?」
似た女と別れた、って言葉が気になって言葉を失った。
結月さんに振られて、似た女と付き合いだしたってことか?俺、ヤバすぎだろ…
過去と同じ道は歩むまい、という戒めのつもりで三神に打ち明けた。
「同じ名前なんじゃない、あの結月さんなんだよ。ちょっときっかけがあって。付き合うとかそういうんじゃないんだ」
「あの結月さんだと?ほぉ、それはからかって悪かった。そうか、本人なわけか」
そんな話をしていたらリコ・キリュウ側が指定したホテルに着いた。
そういえば、三神と会食の場に来るの初めてだけど、
普通に会話できるんだろうな?



